第6話

二時間の正座制裁を終え、豪田が漸く寝室に戻ると、そこには既に茣蓙が敷かれ、その上に麻毛布と、木製の固い枕が置いてあった。

「まさか、こんな覚束ない寝具で寝れるものか―」

長時間の移動で疲労困憊した上に、極寒の上俵山で湯冷めした豪田は苦言を呈すと、

「文句を言わんほうがいいぞ、先輩から暴行を受ける」

と、隣でうたた寝ていた鹿児島が耳打ちした。

入寮して僅か数時間であるが、よく見ると、同期入学組の顔や体には、見覚えのない深い痣が幾つもあった。

「どうしたんだい、その傷痕は?」

「上俵山で正座をしていた方が楽であったかもな。あの後、我々は部屋の清掃や道徳教育など、事あるごとに暴行制裁を受けた」

鹿児島は、白装束の寝間着の腕を捲ると、豪田の目前に差し伸ばした。

「説教中に、俺は疲労のあまり目を瞑ってしまったのだ。罰として、鉛筆の芯で刺された。居眠りをしたつもりはなかったのだが。他の人も、蟀谷を蹴られたり、二度と瞬きが出来ぬよう、瞼に洗濯バサミを挟まれるなどした」

鹿児島の腕には、鉛筆を刺されたと思われる傷痕があった。皮下には、黒鉛が血と混じって赤黒く変色し、無数の斑点のように化膿していた。

「その後、傷口に、消毒液と称して酢と塩水を掛けられ、飛び跳ねるように痛んだ。どうやら私は入学する学園を見誤ったらしい。このままこの生活に耐えられる自信がない。飛騨高山の高丘から身を投じるのも時間の問題だ」

そういって鹿児島は、意識を失うようにして昏々と寝た。

その寝顔は、まるで死人のように蒼褪めていた。

夜は二十五人が雑魚寝をするため、一人一畳分のスペースもなく、もともと神経質な豪田は、周囲の鼾が気に障り一睡もできなかった。

春はまだ環境がマシなものの、夏は古くなった麻毛布に付着した南京虫が体を這い、飛騨高山の藪蚊が血を吸う劣悪な環境。さらに冬は暖房もなく、極寒の雪山で白色吐息を吐きながら身を震わせ、死んだように寝るのだ。

豪田は、入寮式に味わった洗礼の数々を思い返すと、言い様もない不安に駆られ、また目を瞑ったは良いものの、時折、ビュウビュウと鳴る強い風音と鼾の合唱に目を覚ましながら、一睡もできない夜を過ごすのであった。

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