第9話
「その服装、地上への昇格に選ばれたってことたよね? また一緒に仕事できるねっ! 」
僕の手を取り、目をキラキラさせるマヒル。この窮地を乗り切るには。彼女を利用するしかない。
「本当に、久しぶりだね、マヒル。びっくりしたよ。これからよろしく。」
訝しげな表情を浮かべていた貴婦人キセルだったが。マヒルの登場で一気に態度が和らいだ。よほどマヒルのことがお気に入りと見える。
「キセル様、彼は、私がアントの頃の友人です。昇格リストにのってたのをみおとして、いたようです。。申し訳ありません。」
「そうだったのかい。マヒルの知り合いなら身元も確かだね。ケイト、だったか。疑って悪かったね。」
僥倖だ。疑いは、晴れた。それにしてもマヒルと会うとは思ってもみなかった。
「マヒル、ケイト、早く乗りなさい。もう出発するわ。」
モノレールの中に足を踏み入れる。絢爛豪華なホテルのロビーといえば伝わるだろうか。フロントの横にはエレベーターがついていて、30階まである。外観以上に広さを感じさせるつくりだ。
「では、キセル様、私はケイトを部屋まで連れて行くので、いったん失礼してよろしいでしょうか。」
「やれやれ、嬉しそうにして。マヒルのそんな顔は初めて見たよ。彼氏と一緒に地上まで楽しんでおいで。」
「そういう関係じゃありませんよ。でも、お言葉には甘えさせていただきます……。行こう、ケイト。」
マヒルとつれだって、エレベーターに乗る。25階のボタンをマヒルは押した。僕に会えて嬉しく思ってくれているのか、鼻歌を歌っている。
「ケイトを見て、すごく嬉しかった。たくさん話したいことあるんだ……。ほら、ね。」
「僕もだよ。まだ実感が沸いてないけど。」
「あーもうはやく仕事おわんないかなあっ。そしたらいっぱい話せるのに。」
「無理しないでよ。忙しいんでしょ? 」
「そうね。結構たまってる。」
僕も、興奮冷めやらぬテンションで、マヒルと話す。身振り手振りをし、たわいもない会話に悦を感じる。
いや違う。楽しいのは事実だが、再会の喜びにどっぷり浸からないとどうにかなりそうだったんだ。血まみれのチナツが、頭をよぎっていく。
「そうだ、ケイト、荷物自分の部屋に置いてきたら? 何階なの? 」
「何階? えーと。」
マヒルは、本当に僕が地上へ昇格したと思っているのだ。
「3階だよ。マヒルが25階で降りてから下に戻る。荷物を自分の部屋に置いたら、マヒルの部屋に行く。」
マヒルをいったん見送り、下へのボタンを押す。僕の部屋なんてある訳ないが、話を合わせるために3階で降りることにした。
ベルが鳴り、エレベーターの扉が開く。
廊下に出る。左右には、部屋が幾つか奥まで続いており、白い壁には絵画が飾られているが、所々外れかけて落ちそうになっていた。照明もすこし薄暗い。マヒルの部屋がある25階は綺麗だったのに、下の方はこんなものなのか。
「なんだ、これ? 誰かが落としたのか?」
エレベーターから出てすぐ右の部屋の前に、査察官が着用する帽子が落ちているのが見えた。近くまで行き、帽子を救い上げる。中から何かがごろんと転がって出てきた。なんだかよくわからなかったが、暗がりで目を凝らしたとき、腰を抜かし、絶叫した。
上顎から下がえぐりとられた、人頭、だった。
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