第8話

「ああ……あ……う……。」


顔をゆがめてチナツが喘いでいる。僕は、屈んで、チナツに撃った箇所を確認する。腹部からの出血がひどい。致命傷になるだろう。


チナツは、手を傷口に当て、うつ伏せのまま顔だけ僕に向けた。


「ケイト……。何か理由があるんだよね……? ねえ……。ケイト……。」


か細い声だ。僕以外には聞こえていない。立ち上がり、瀕死のチナツに再び銃口を向ける。


「まだ生きているか。しぶといな。汚いアントの分際で話しかけるな! 」


トリガーを引く指が、震えだす。


震えよ、とまれ。周りに悟られたらおしまいだ。チナツを殺すしかないんだ、未来のために。


「わかりました。わかりましたから銃を下ろしてください。」


僕の腕を警備員が掴んでいた。


「あなたがこの女と無関係なことはよくわかりました。失礼いたしました。」


「分かってくれたならそれでよい。そのゴミを掃除しておけ。」


チナツを殺さずにすんだのはよかった。

僕は、ポケットからゲートキーを取り出す。ブラブラと警備員の前で、ゲートキーを揺らしてみせる。


「もう、いっていいかな?」


「はい、もちろん、さあさあ。」


警備員に誘導され、改札口のパネルにゲートキーをかざす。赤色のパネルが青色に変わった。


「どうぞ、お進みください。査察をお疲れ様でした。」


頭を下げ見送る警備員。改札口を通ることに無事成功した。モノレール駅のホームは、防音壁が使われており、地下の騒々しさとはうってかわり静かだった。発車数分前で、ホームにいる人はいない。


チナツには、ひどいことをした。許されるものではない。恨むなとはいわない。チナツの犠牲は、みんなをたすけるために、必要だった。


ポタリとモノレール駅のホームに雫がたれる。僕は、涙を流していた。涙もろいんだ。


涙を拭い、上へとそびえるモノレールのドアの前に立つ。自動でドアが開いた。下を向いたまま乗ろうとして、何かにぶつかる。顔を上げた。50歳くらいの派手な身なりをした貴婦人が立つていた。


「あらー、失礼。外の空気を吸おうかと思って出てきたんだけど、ここは地下だったわね。」


貴婦人は、愛想笑いをすると、僕の顔をジロジロ眺める。


「みない顔の査察官だねえ。私はだいたい把握してるつもりだったけど。あなた、所属はどこかしら?」


最後の最後までこれかよ。高圧的な口調と高そうな衣服から、高い地位の人間には間違いない。それにしても、所属ってなんだよ。


あぶら汗が額に滲む。早く答えなければ。


「なーんか怪しいわね。ねえ、ちょっと来てちょうだい! 」


貴婦人が、モノレールの中にいる誰かを呼んだ。モノレールの中にも警備員がいるということか。もはやごまかしようがない。せめて、逃げようか。チナツの犠牲を無駄にして? それでいいのか?


「どうされました。キセル様。」


貴婦人キセルの陰になって、呼ばれた人物の姿が見えない。警備員?



「この査察官よ。確認してちょうだい。」


キセルが下がり、呼ばれた人物が前に出る。


目を丸くした。まさか、君に会えるなんて。

地下にも、運命というものがあるなら、こういう場面にふさわしいのだと、僕は強く思った。



「誰かと思ったら……、びっくり。本当にびっくりよ! 久しぶり、ケイトでしょ? 」



屈託のない笑顔で僕に語りかける、美しく知的な女性。その雰囲気は、昔とどこも変わっていない。


3年前に地上へ行ってしまった、僕の幼馴染、風原マヒルがそこにいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る