第3話

仕事場ではすでに、仲間たちが作業に取り掛かっていた。鍬やスコップなどを携え、汗をしたたらせながら懸命に固い岩盤を掘削している。僕たちが掘っているのは、「アニマ」という鉱石だ。「アニマ」は、化石燃料に変わる新エネルギーとして、僕が生まれる前から、地上でインフラなどの利用のために使われているそうだ。地上へアニマを輸送する見返りとして、アントには食料が配給される仕組みになっている。決してフェアトレードとは言えないが、これが現実だ。


「すんません、遅くなりました。すぐ取りかかかります! 」


いつもするように、消毒液のプールに頭まですっぽり浸かる。仕事場を清潔に保つために僕たちに課せられた義務だ。ぬるぬるした半透明の液体だから、プールから出た後はいつも体が気持ち悪いか、仕方がない。


「ゆっくりでいーぞ。採掘のノルマは達成できる目処が立ったみたいだしな。これで副場長の機嫌も治るだろうよ。」


「もっと早く言ってくださいよー。副場長に怒られたばっかですよー。あははは。」


仕事場は、厳しい環境にあっても常に和気あいあいとした空気が流れている。失敗があっても怒鳴り散らすなんてことはまずない。この仲間たちだからこそ、苦しい仕事を乗り越えてこられたと確信している。



会話がひと段落して作業に入ろうとしたとき、僕はようやく工具を持ってきていないことに気づいた。急いで、使えそうなものがないかとあたりを散策する。うろうろ歩き回っているうちに、普段利用しない物置部屋があることを思い出した。


坑道の隅にひっそりとあるその部屋は、随分人が立ち入っていないらしく、中はほこりだらけだ。長居は無用と、けむたさにむせながら工具を探すと、鉄製のスコップが壁にたてかけられているのを見つけた。古い感じを受けるが、なんだか見覚えがあるような気がして、スコップに手をかけた。軽くすすを払うと、柄に書かれた名前が現れる。


【風原マヒル】


マヒルのスコップだ! ああ、あいつ、こんな所に忘れていったのか。最後まで、ないないってずっと探してたくせに。まったく。


風原マヒルは、僕と同じで、両親の顔を知らない。物心ついたときには亡くなっていたそうだ。僕たちは、小さい頃からゲン爺に一緒に面倒を見てもらっていた、兄妹みたいな存在だ。マヒルは、学生時代から優秀で、でもところどころぬけていた。僕はそんなマヒルのことが、いつからか兄妹としてではなく、異性として好きになっていた。


マヒルは、社会人となり看護系の仕事を始めてからも、落ちこぼれることなくどんどん頭角を現した。ついにはその功績が認められ、地上へ行く資格を手に入れた。今から3年前のことだ。

資格には条件があって、一つ目は犯罪を犯さないこと。二つ目は仕事の成績が抜群であることだ。両方とも、マヒルは難なくクリアしていた。僕も頑張っているつもりではあったが、未だに地上へ行く資格はない。地上へ行くのは僕たちアントの大いなる夢で、それを叶えたマヒルはまさしくヒロインだった。


地上へいくことが決まってから、僕は今まで以上にマヒルとの時間を大切にするようにした。わずかしかない休日には、二人で過ごすことが多くなった。そんなある日、マヒルが血相を変えて僕の部屋を訪れた。同じ部屋の仲間からは、ウザいくらいにからかわれたものだ。色恋は格好のつまみということだ。うるさい部屋を出てから、何事かと話を聞くと、僕が誕生日にプレゼントしたスコップをなくしてしまったのだそうだ。どこかにおき忘れてしまったの、とマヒルは言っていた。スコップだって、決して特別なものではなく、どこにでも売っているやつだった。たかがスコップとはいえ、僕の給料で買うには少しきつかったけれど、やはりただのスコップだ。また新しいのを買ってもそんなものだが、マヒルは探したいと言って聞かなかった。僕は、面倒臭そうなそぶりを見せながらも、内心は嬉しくて仕方がなかった。マヒルに、顔がにやけてる、といわれるまで、表情にでていることに気づいていなかった。その後も仕事の合間に一緒に探したりしたが、結局どこにもスコップは見つけられなかった。


スコップが見つからないまま、あっと言う間にマヒルが地上へいく日となった。仲間とともに、地上へ行くモノレール駅までマヒルの見送りに行った。とても綺麗な洋服を着ていて、頭には大きな花飾りをしていた。僕が知っているマヒルとは別人だった。僕はマヒルのそばまで言って、用意していた別れの言葉を述べる。マヒルは、僕が最後まで言い終わらない内に、僕の口に人差し指を当てる。


スコップ、とだけマヒルが呟くのが聞こえた。僕は、口に当てられたすらりとしたマヒルの手をそっとつかむと、ゆっくりと顔の前からどける。マヒルに目を合わせないようにちょっと顔を横に向けた。


「別にいいだろ、あんなスコップ。地上へ行ったら、いくらでも手に入るし。ってか、地上じゃスコップなんて使わないしな。」


僕は、笑いながら、視線だけマヒルの方に向けて彼女の様子を伺った。マヒルが、真剣な目をして、首を横に大きくふっているのが視界の隅に見えた。正面を向いていなかったからよくわからなかったが、僕には、そのときのマヒルの瞳が、少し潤んでいるように見えた。


「分かった。分かったよ。必ず届ける。約束するよ。必ず僕も、地上に行く。」


軽はずみに言った。自分でも臭いセリフだとは思った。でもマヒルは、その言葉に満足したのかニッコリと微笑むと、時間通りに来た迎えと共にモノレール駅の改札口から行ってしまった。




あーあ、スコップの約束のこと、きっとマヒルは忘れてしまっただろうなあ。しみじみと思い出してしまった。なんだか情けなくなってきた。いかんな、早く仕事に戻ろう。


マヒルのスコップをつかみ、部屋から出ようとすると、外からこちらに向かって来る足音が聞こえた。聞きなれない声が聞こえてくる。


「誰も中にいないだろうな? 聞かれてはまずい内容だから、わざわざこんな汚い場所を選んだのだからな? 」


「大丈夫です。下調べしたところ、この物置部屋は現在は使用されていないとのことです。」


「それならばよかろう。万が一聞かれるようなことがあれば、残念な事故が起きることになるからな……。」


話し声が大きくなる。ドアノブが回り、扉が開く。入り口から、高そうなスーツを着た男が二人入ってきた。襟につけたバッジから、査察官だと分かる。


僕は、査察官たちが部屋に入ってくる直前に衣装ロッカーの中に身を潜めていた。見つかったら殺されるのは、彼らの発言から容易に分かった。査察官たちは、僕の存在に気付かないまま、扉に鍵をかけるとひそひそととんでもない話を始めた。









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