第2話

部屋から坑道を抜けた先は、地面から数十メートルもある場所にでる。たくさんの人数を地下空間に囲うために、あらゆるスペースを有効活用しているのだ。壁の至る箇所に坑道への穴がボコボコ空いている。僕の住んでいる部屋がある坑道の高さはまだ低い方で、もっと上にある坑道も数え切れないほどだ。坑道から出ても、下まで降りるのは慣れない内は一苦労だ。


僕の場合、下へ降りる手段としてはしごを使用している。知る限りでは、ロープを腰に巻きつけてダイビングしたり、岩の出っ張りに手を掛け足を掛け降りていくツワモノもいるそうだが、そのうちの幾人かの結末については想像に難くない。色んな人間がいるということだ。僕には、進んでリスクをとる彼らの心理は理解できない。何と言ってもセーフティが人生にとって大事だと考えている。


はしごを一歩ずつ、足の裏が接していることを確かめながら、慎重に降りていく。坑道の中を駆け抜けてきたようにはいかない。錆びて崩れ落ちそうなはしごは、体重をぐっとかけようものなら、容赦なく僕を地面に叩きつけるだろう。


十分に時間をかけて下へ着くと、案の定、肩をいからせた副場長が僕を待ち構えていた。今日も白のタンクトップを着ている。腕を組み仁王立ちする様はなかなかの迫力だ。右肩から肘にかけてある痛々しい大きな古傷が、迫力に拍車をかけている。


僕は、軽く会釈して副場長の横を通り過ぎる。抜けたーっと思ったところで、頭をゴツゴツした手で鷲掴みにされてしまった。ゼン爺、話を通してくれてたんじゃないのかよ?


「何か言うことはないのか?ケイト。」


「すいません……。昨日の酒が残ってたみたいで……。」


背中を向けているから副場長の顔は見えないが、彼の不満そうな顔がありありと浮かぶ。


なんでこの人はすぐ手が出るかなあ……。仕事場の同僚も先輩も、温厚な性格な人ばかりなのに。


「痛いんで離してもらえませんか?これ以上遅れると、仕事場の皆んなに迷惑かけちゃいますし。」


苦し紛れの言い訳を副場長が聞くわけもなくく、握力は弱まるどころか一層強まっていく。ギリギリと万力で頭を締め付けられるみたいだ。相変わらず筋力だけはぶっ飛んでいる。


「貴様、ゲン爺のお気に入りだからって調子にのるのも大概にしろよ! 」


やばい。機嫌がめっちゃ悪い。ゲン爺の後ろ盾があるから忘れていたが、こいつには、仲間が何人か医務室送りにされているんだった。それにしても、今日の副場長はいつにもましてクレイジーピーポーだわ。


何か逃れる術はないものかとぐるぐる考えを巡らせていると、頭の締め付けが急に弱くなった。振り向くと、副場長が反対側を向いて体をくねくねさせながら誰かと話している。声のトーンも打って変わって楽しそうだ。


どういうことかと僕が首を傾げていると、大柄な副場長の脇からピョコっと、一人の女の子が顔を出した。同時期に配属されたチナツだ。


チナツは、僕に目配せすると、すぐに副場長との会話に戻った。私が気を引いておくからさっさと行けということか。副場長も、僕に腹を立てていたことなどなかったかのようにチナツとのトークに夢中だ。可愛いは正義だよ。僕は心の中でチナツに賛辞を送ると、仕事場へと走っていく。今日の夜はチナツにおごりだな、なんて悠長なことを考えていた朝だった。




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