第6話

こうして半ば強制的に本社を追放された白鳥は、三月に入り正式な辞令を受け取ると、引越準備に取り掛かった。

白鳥にとって、岐阜工場は、新入社員研修でたった一度だけ工場見学をして以来の訪問で、どこでどんな製品を作っているのか、また経営工学や現場管理の作法など、全く分からず零からのスタートとなった。

横浜本社時代は、東横線元住吉駅の高層マンションに住んでいた白鳥である。

麻布や白金といった洒落た街に住むのが理想であった白鳥にとって、元住吉でも妥協した方である。

それが今度は岐阜というのだから、本意でない。

辞令と共に受け取った人事規定には、岐阜勤務に関する生活情報も記載されており、次のようにあった。

岐阜県内には安徳工機の社員寮が無数に点在するため、県内勤務の場合、必然的に寮生活が強いられる。家賃補助も認められない。

売上高一兆円、社員二万人を超える超大手企業の社員寮といっても、単身用社宅は、築三十年を越える畳六条の和室であり、風呂トイレ共同という劣悪な環境だ。

辛うじてインターネットは使えるが、外界から遮断された生活はまるで刑務所の様相であり、強制収容所の異名が付くほどであった。

もともと男社会のため、女子寮などなく、入居者のほとんどが現場作業員であるため、清潔感の欠片もない。寮に一歩足を踏み入れると、舐めるような視線で全身を見られるのである。

最寄り駅まで徒歩四十分。休日に遊びに出掛けるとすれば名古屋だが、終電が十時のため、軽く一杯を引っ掻けることも出来ないし、なにより昼勤夜勤の切替えや休日出勤が重なると、外に出る気すら憚れる。

工場では人間性たるを捨て、全てを会社に捧げる生活を強いられるのである。

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