第2話

「現場を知らない社員が製造業で働くなど言語道断」というジョーの方針で十年ぶりに復活した現場実習。しかし、社内での評判は最悪であった。

現場実習は、実際に製造現場で社員を働かせることによって、工場内でのモノづくりやモノの流れを実体験する目的の他に、学生時代の幼稚な精神を叩きのめすという、一種のショック療法的な側面も兼ね備える。

実習の対象は、これから入社する新卒社員はもちろん、現場実習のなかった空白の十年間に入社した三十代半ばまでの社員も含まれる。

「これは全社員を対象とした義務だ、例外はない。海外出向だとか、緊急の業務だとか、色んな言い訳をつけて工場実習を回避する者も現れているようだが、後追いでもいいから必ず受けさせる」

三十代半ばといえば、社会人として最も脂にのった時期で、既に主任級に昇進した社員もいれば、管理職登用試験の受験を考え始める者も少なくない。

「忙しいというのは言い訳にならない。短期的に仕事に穴が開くことよりも、現場を知らんで管理職になる方が、よっぽど危機だ」

現場実習への強制参加は、新卒社員よりも、既に入社数年が経ち、低落した会社環境に慣れ親しんだ中堅社員からの反発が強く、後追いの現場実習は彼らの間で、俗に「徴兵制」と揶揄された。

徴兵を知らせる「赤紙」は輪番で「いついつから、どこどこ工場で三年間」などと、電子メールで至極簡易的に通達される。

赤紙を受け取った社員は、

「私、来年から岐阜工場の圧造課になったんだけど、きついのかな」

「俺なんて不夜城と呼ばれる鋳鉄工場だぜ、来年から思いやられる」

などと不安に顔を青褪めさせながら、来る現場実習に備えるのであった。

実習の対象は、本社勤務であろうが、女性であろうが、幹部候補であろうが、例外はない。

「これはある意味、一種のハラスメント」、「精神論など時代錯誤である」、「工場行くくらいなら会社を辞める」などと反論が飛び交ったが、ジョーに言わせてみれば「言い訳など言語同断、嫌なら辞めろ」であり、そんな根性のない社員、辞めてもらった方が会社のためだと、ジョーは本気で考えていた。

「本当は三か月ほど、自衛隊のレンジャー訓練を受けさせることも考えたんやが。学生の生温い根性叩き直すには、顔に泥塗るほど厳しい訓練さすのもいいかと思って。でも工場実習の方が、会社の実益にも繋がるやろ。現場はいつも人がいないって嘆いてるから―」

そして次なるジョーの白羽の矢が白鳥に向けられるのは言うまでもない。

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