ギルドイン・ダーティー

城流くじら

プロローグ 夢の話

 遠い遠い、夢を見ていた。

 あれはいくつの頃だっただろうか。随分今と比べて小さい体躯の『自分』に今自分の意識が重なったような、そんな夢を見た。

 明晰夢。未だ、俺の中であの事件が燻っているということだろうか。

 潜在意識の中の世界は思っていたよりもリアルで、乾いた砂の匂いも、パトランプの染め上げるような赤色も、駆け出した自分自身の肺が焼けるような息苦しさでさえもが鮮烈に蘇る。

 あのとき。

 あのときの俺には何が出来た?

 否、何をするべきだった?

 今更「子供だったから」と言い訳をする気はない。

 今でも断言できる。

 俺には、俺には何かが出来たはずだった。

 

 ___「この人は悪い人だから」

 ___「自業自得ってやつなんだよ」

 ___「ほら、おまわりさんが助けに来たからもう大丈夫」

 

 くしゃりと顔が歪むのが分かる。ゆらりと視界が滲んで、頬を涙が伝った。

 駆け出して飛び出した幼い手が、空をつかんで虚しく振り切れた。

 伸ばした手のその向こうには、何がある?

 繰り返させてはならない過去がある。

 こっちを見て笑う、目を腫らした青年の姿がある。

 笑わないでくれ。そんな顔で、そんな無邪気な顔で、

 そんな慰めで俺を責めないでくれ………!!

 まぶたがどうしようもなく熱かった。

 鼻の奥がぎゅっと詰まって、声にならない嗚咽が漏れ出した。

 轟いた轟音を合図にするように、胸の内の何かが弾けだす。

 この先のエンドはもう知っていた。

 もうじき心臓が止まるこの人は、最後に俺に別れを告げて、笑顔のままでいなくなる。

 家族を大事にするんだぞ、兄ちゃんはそれが出来なかったから。


 ___それで、お前なりの正義でもって大事な人を目いっぱい愛してやるんだ。


 忘れられない。

 忘れられるわけが無い。

 忘れちゃ、いけない。

 今の俺を形作る記憶。

 忌まわしい緋色の記憶。

 開いた手のひらの上では、真っ赤な液体が早くも固まり始めていた。

 小さな手。

 今の自分の骨ばった手のひらが、その上にダブって見えた。

 一回りも二回りも大きくなった手には、守るべき者たちの存在がある。

 ガキだったり、料理音痴だったり、ハーフだったり、毒舌だったり。

 一癖も二癖もある奴らだけど、どれも皆等しく守りたいと思える、そんな存在。

 手を繋いでいたいと、思える存在。


 終わらせるんだ。こんな悪夢を。

 縛られないように、自由を掲げて。



 _____俺なりの、正義でもって。

 

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ギルドイン・ダーティー 城流くじら @jyoryukujira0524

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