第9話
暑さ寒さも彼岸まで……という言葉があるから、秋の彼岸を過ぎると、季節はとっぷりと秋の感じに変わって行く。
「お彼岸の一週間は、先生は執筆を致しませんのよ」
「一週間っすか?」
……その間、どうやって時間を潰そうか……なんて考えてしまう。相変わらず皆んな忙しそうなのに、要だけが特別の特別で、今や時代の追い風に乗ってしまった状態となった雑誌の、最高功労者の貳瑰洞怪の担当者であり、大の〝お気に入り〟である要は、先生の次に大事な人材と化していて、とにかく先生のご機嫌伺いに毎日の様に来させられている。
……と、いうのは表向きで、ただ邪魔者扱い感は半端無いのだが、誰もそこに気づいてくれる気持ちが無い様だ。
「先生はお正月と春彼岸、お盆と秋彼岸に、それは最愛の奥様と時を過ごされるんですの」
「えっ?奥さん、亡くなっているんじゃないんすか?」
「ええ、天寿を全うされて……」
「天寿?……天寿……」
「人間が生まれ持った寿命ですわ。奥様は然程長寿とは申せませんでしたけれど、それでも喜寿のお祝いはされましたの。先生はその後数年で、やはり天寿を全うされるんですけどね、ここの前の前のご当主様が先生の作品の大のファンで、それで裏の神様に推挙されたんですの」
「推挙?」
「ええ、以前から裏の神様には、大変ご不快な事柄をお抱えで、それをどうすべきかご思案されてましてね……俵崎さん、神様はそれは慈悲深く慈愛に満ちたお方ではあるのだけれど、逆鱗というものがお有りになりましてね、それに触れる様な事を殊の外不快にお思いになられますの」
「……………」
「例えば、宅の主人が悪女に殺されて、財産の全てを好きにされ、それは触れてはならない様な……神様の森林……とかをね、お許しも無く勝手に人間の物にしてしまうとか……その様な事こそ泥と一緒でござんしょ?それはお怒りになられますの……で、お怒りになる……罰当たり……なんて考えは、高々の人間の浅知恵でござんしてね、この地上に生きしもの達は、神々様にとっては一連托生ですの。平たく言えば全体責任となりますの……まあ、逆鱗の多少によりますけど……海堂家はそれは戦中戦後と財を増やしましたが、決して世に恥じぬ仕事ぶりを見せつけ、今では環境においてそれは力を尽くしておりますし、神様が遣わされた瑞獣の藻さんと羽鳥さんの関係は、それは神様がご心痛でらした程でした。神使の白孤においても、神様との約束事は決して人間如きが違えてはならぬ物ですし……つまり、それを含めたかなりのお怒りが、積み重なっておりましたから、ご当主はそれは危惧しておいででしてね……」
「それで先生を?」
「ええ、あれ程の才能の者であるならば、必ずしやお役に立てると……そして、ご当主の思惑通り先生は、それは神様のお気に召す仕事をされました。あなたも先生からお聞きと思いますが、かの方々はお気に召されると、それはご寵愛が過分ですの……最愛なる先生の奥様を、先生が活躍なさる間ずっとかの方々の元に据え置き、そしてあちらとこちらが繋がり易い時期に、お二人は一緒の時を過ごされるんですの」
「それで先生は今奥様と?」
「ええ。裏の森林の中にある小さな秘密の家屋で、それは親密な楽しい一時を過ごされるんですの」
「先生の書かれる神様は、それは太っ腹な神様だと思ってたんすけど……」
「あら?よくお解りで……確かに慈愛に満ちて恩情に熱く……あなたの仰る通りかなり太っ腹でござんす、ただそれはお気に召される者だけですわ。逆鱗に触れたりお怒りになられたら、そうはいきません」
「お気に召した者も、連帯責任なんすか?」
「俵崎さん、それが神というものですわ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます