第4話
「米子さん支度を……」
「何処かにお出かけで?」
羽鳥の分のおやつを盆に乗せて、やって来た米子に言った。
「堤君がそろそろだ……楽に逝ける様に迎えに行ってやろう」
「……それは……神様のお使いでお迎えに行けば、それは楽に大往生でござんしょうが……」
米子も知っているのか……先生の担当者であれば、知らない筈がないか……。
「ああ……ならば私達夫婦も……堤さんにはご心配をお掛け致しましたから……」
「ああ……うちも……私も
羽鳥は神妙に言った。
「ならば早く支度を……」
「ああ、主人には連絡を入れますから、あなた車に先生をお乗せしたら、宅まで回してくださいませな」
珍しく米子が慌てる様にする。
羽鳥も同様に慌てる様に連絡を入れている。
「要君、我々はちょっと堤君の所に迎えに行って来るからね。君はゆっくりして行きたまえ……」
「じゃ、お留守番をします」
「うん……それは全然いいんだが、いつ帰って来れるか解らないからねぇ、うちは鍵はかけなくて大丈夫だから、だからいつでも帰って大丈夫だよー」
「えっ鍵かけてないんすか?」
「ふふ……ここは森林の神様のご加護がある場所だよぉ〜そんなの要らないさぁ」
先生はニコニコ笑うと、要の手を取った。
「要君、本当にありがとうねぇ、堤君に良い土産をやれる。羽鳥君の事と米子さんの事は、きっと彼も心残りだっただろうからねぇ……彼はそれは責任感の強い、善人だったからさぁ……二人の幸せを見たら、きっと安心してついて来てくれる」
「………」
要は鹿の子を口に入れたまま、先生をジッと見つめた。
「先生、貴彬様の支度ができているそうですから、直ぐに行きましょう」
羽鳥が忙しげに部屋を覗いて言った。
「うんうん……じゃぁね……要君」
先生も慌ただしく、羽鳥の後を追った。
「…………」
卓上に菓子と金木犀の花弁の入った、お茶が残された。
要は羽鳥の為に用意された、赤い皿に乗った菓子を押しやった。
森林の風は心地よく流れ、その風に乗って金木犀と銀木犀とが、丁度よく混り合ってなんとも言いようのない、それは芳しい香りを運んだ。
「あ……どうぞ。満月堂とかいう、それは美味しい和菓子屋さんのです……」
「ああ……君も頂いているのかい?懐かしいなぁ……それにこの香り……二度と嗅ぐ事は叶わないと思っていたんだ……」
「先生達は、お迎えに行かれましたよ」
「そうなの?お迎えに来てくださるんだ?」
「僕はお留守……じゃなくて、これ食べたら帰っていいみたいなんす」
「ここは戸締りとか心配ないからね」
「美味いでしょ?堤さん……なんか、編集長から聞いた年には、全然見えないっすね?」
堤は紅葉を口にすると、ため息をつく様にして要を見て笑んだ。
「ここの菓子がもう一度食いたかったんだ……ああ美味いなぁ……」
「これ金木犀の花弁の入ったお茶……冷めちゃいましたけど……」
要は茶を注ぎ入れながら言う。
「……でもありがたいねぇ……皆んなで、迎えに来てくれるんだ?」
「はあ……羽鳥さんはそれは超絶美女の女将さんと、米子さんはこの先の洋館のご当主と結婚したので、オタクに挨拶するって……」
「そうかぁ?羽鳥君、藻さんと触れられる様になったのかぁ?よかった……あの二人は本当に気の毒だった……だけど、羽鳥君はそんな辛い自分を全く見せずに、ひたすら藻さんに尽くしてたから、余計に哀れでね……ほら、触れられないのはやっぱり、女性より男の方が辛いだろう?……ああ、最近はそうでもない男子が増えているんだったけね?」
堤は要を見て笑いながら言った。
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