第3話
「先生!」
羽鳥は神妙な表情で、先生を見つめて言った。
栗鹿の子を手にした先生も、神妙な表情を作って羽鳥を見つめた。
「堤さんが先ほど……」
「うん、さっきね……堤君が挨拶に来てくれたよぉ……」
「……そうでしたか?」
「要君も外で会っただろう?」
「あー外の?」
要は芋味のさっぱりした後味の、紅葉の菓子を食べながら頷いて言った。
「俵崎君……君……本当に凄いね……」
羽鳥は要を直視すると、それは関心しきりで嘆息する様に言った。
「…………」
「堤君は以前僕の担当を、してくれた人なんだ」
「えっ?」
要は世に名を馳せる貳瑰洞怪に
これは要にとっては、社会の荒波に不可欠な流言飛語、だと思っているところがあって、たぶん諸先輩方も貳瑰洞怪の物凄さにやっかみを持つ者の、ただの嫌がらせ又はその偉大さゆえの、都市伝説だと思って話している感があるから、皆んなただの伝説として話すし聞いている。
それによると貳瑰洞先生は、それは気に入った担当者が居ない限り、作品を書いてくれない……と言う。そしてその担当者は、とにかく先生のお宅によく呼ばれ、先生のご用事をしなくてはならなくて、その担当者の働きによって先生の作品のできが決まる……と言う、ちょっと奇抜な伝説だが、確かに当たらずとも遠からずで、要は会社での仕事よりも、先生のご用事の方が多いしお手伝いも多いから、他の仕事を覚えるよりも、先生の仕事を覚える方が早い。
そんな奇天烈な伝説だが、先生の作品は出されれば、その時代の若者の心までも掴んでしまうから、どこの出版社も先生に掲載して貰いたいが、その条件は余りにも厳しくてなかなか書いて貰えない。
そして先生の担当者になった者は、その奇妙な世界に取り憑かれて、狂い死にするとか
そんな事言ったら要はその奇妙な世界に、取り憑かれていなくては可笑しいし、今取り憑かれている……って事になってしまう訳だが、そんな事は全く無いし実感も無い。
……そういった実感なんて無いと思うのだが、それが解らないから要なのだ……
「あー確かにあの人、まあまあ若かった……」
要が金木犀の花弁の入った、お茶を口に付けて呟いた。
「えっ?俵崎君、君には堤さんはどう見えたんだ?」
「背が高くてカッコいい男性でした。なんかスポーツでも、やってたみたいな?」
「堤君はバレーボールの選手だったのだ……だが、足を痛めてしまい、それが完治しなくてねぇ……嘆き悲しんでいた彼の素質を僕が見つけて、僕の所に来る様羽鳥君の出版社に入社させたのだ。あそこの会社は、ちょっとここの前のご当主と、縁のある会社だからねぇ、多少の僕の我儘は聞くのだ。だからあそことの縁が主だから、他社の者達からはいろいろと言われてねぇ……しかし、僕達みたいなものは、縁が一番だからねぇ……損得や今生のあれこれには関わってはいられない」
「確かに……僕もかなりお世話になりました」
羽鳥は頷くと再び要を見つめる。
「……で、堤さんは幾つくらいに君は思った?」
「うーん?四十から五十……には行ってない感じっす」
「……そうか……君にはそう見えるのか?」
「えっ?どういう意味っすか」
うぐいす豆の鹿の子を手に要は聞いた。
「いや……」
羽鳥は言葉を濁らせたが
「堤さんは75才だ……ここ数年は病気だったから、かなり
と言った。
「えっ?だって先生が見つけて……って言っても、先生が若い時って事っすか?」
「要君、僕はたぶん君が思っている程、若くはないよぉ〜」
「………」
「……さっ、羽鳥君そろそろ出掛けるかなぁ……」
先生は金木犀の花弁のお茶を飲むと、立ち上がって言った。
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