第13話

「先生……」


「あー要君、さすがに解っちゃったかい?」


先生は要と目が合うと、おちゃめに言った。


「先生。やっぱり此処に家守居るんすよね?白くて赤い目の?」


「へっ?」


大真面目な表情で言う要を、先生は凝視する。


「前ですね……先生がお出かけの時に来ちゃいまして……」


「ええ?何か用事でもあったのかい?」


「それがです先生。全く今考えても用事なんてなかったんす。なのに……ですね、僕は此処に来たんす……今だに意味不っす」


要はそれはそれは神妙に言う。


「……で、白い赤い目の家守がですね、森林の入り口の反対側の庭の外壁にですね、こうペタっと……こう……」


要は手を開いて器用にも床に両手を広げてつくと、脚も広げて先生を仰ぎ見た。


「……こんな感じで、張り付いてたんす」


「……要君、見かけによらず、身体柔らかいんだねぇ……」


先生は要が何をしようと、決して賛美を忘れない。


「あーありがとうございます。年の割に柔らかいと、飛鳥にも褒められてます」


要はちょっと自慢げに、腰を伸ばしながら言った。

しっかり者の姉飛鳥に褒められるのは、はっきり言ってこれだけだ……。


「でも米子さんは、先生のお屋敷には家守は居ないと……?居るんだったら森林だ……と言うんです」


「うーん。確かに……」


先生は唸る様に言った。


「……で、米子さんのお宅には、神聖な白い赤目の家守りが居るんだそうです」


「なるほど……」


顎に手をやって言った。


「つまり、米子さんのお宅の洋館の神聖な家守りは、偶に此処に遊びに来るんす」


「へっ?」


先生は予期せぬ要の発想に、今迄の神妙な表情をかなぐり捨てて、豆鉄砲を食らった様な顔を向けた。


「そいつを見た先生に、今回のお話しが天から降りて来た……って訳すね?」


「あー要君……君は、そう考えるんだね?神聖な白い赤目の家守りの存在は否定しないんだねー」


「先生、僕は絶対この目で、そいつを此処で見たんす」


「なるほどねぇ……その先を覚えていないんだねぇ?」


「その先?」


要はマジマジと先生を見つめた。


「あーあー!その後、貧血を起こして倒れたんす」


「貧血?君大丈夫だったのかい?」


「大丈夫っす。よくある事なので……」


「君!よくある事なのかい?」


「はい。……思春期によくあるヤツらしいんすけど……大学病院で検査してもらいましたが、脳には異常がないんす……あっ、一応心臓も……。思春期に貧血を起こす事はよくあるらしくて……」


「……君はなかなか苦労しているんだねぇ……空耳に貧血かい?」


「はぁ……それでも、大病ではなくて幸いっす」


「そうだねぇ……」


先生は何かを言いたそうにしたが、思い返した様に要から視線を逸らした。


「でも先生、白い赤目の家守りは、それは綺麗でしたよ」


「そうかい?さすがだねぇ……白くて赤目なのに家守と理解したなんて……」


「うーん?言われてみれば?蜥蜴だと思ったら、家守だと馬鹿にされた様な?」


「君はこのお話しをどう思う?」


「どうって?」


「僕の書いた話しは、良いだろうか?」


「はい。さすが先生っす」


要は親指を立てて言った。


「貴彬さんはマジで後悔したと思うんす」


「妻の豊子さんを愛した事をかい?」


「いえ、家守りの米子さんを、もっと早くに愛さなかった事をです」


「しかし……家守を愛するなんて……」


「そんなの関係ないじゃないっすか?」


「へっ?」


「一緒に居て幸せな相手なら、別に人間じゃなくったって」


「要君は平気なのかい?」


「平気も何も、俺人間の友達いないっすから……近所の猫とか庭で日向ぼっこしてる蜥蜴とか……ちょっと痛いっすけどカラスや雀とか、そんなヤツらに話しかけてますもん……だけど俺意外と幸せっす……空耳でもヤツらと話せるから〝空耳でかした〟っす」


とても淋しい話しをしているのに、要は満面の笑みを浮かべて先生を見つめた。


「こんな話ししたの先生が初めてっす……先生は凄く凄く僕を褒めてくれるから……だから秘密を教えちゃいました」


とても嬉しそうに言った。

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