第12話

「先生。僕は米子さんが既婚者だとは、全く思っていませんでした」


要は先生のお手伝いをしながら、本当に失礼な誤解をしていた自分を恥じて言った。

それも不埒にも……気の毒な………と失言してしまった。

あの日はなんだかとても優しかったので、サラリと流して貰えたが、いつもの米子さんを思うと空恐ろしい。

……くわばらくわばら……って感じだ。

そんな感情もあるから、ついつい先生に救いを求める感じで言っている。


「そうなのだ要君。米子さんはつい最近、思い人であったご当主と所帯を持ったのだ……っと言っても、その最近が少しややこしい最近なのだ」


先生はちょっと、要に説明するのに困惑顔を作って言った。


「そうなんすか???ややこしい最近って?何すか?」


「うーん……それを説明するが、かなりややこしいのだ……ただ君が一役買っているんだが……」


「ぼ、僕っすか???」


「……君は全く身に覚えがなさそうだねぇ?うーん……だろうねぇ……要君だもんねぇ……うーんうーん……何と説明したらいいかなぁ???」


先生は襖絵を眺めながら、眉間に皺を寄せて考え込んでいる。


「………先生、お悩みのところ本当に申し訳ないんすが……」


要も襖絵を見つめて言った。


「うん?何だい?」


先生は考える事を体よくやめにして、要を注視して聞いた。


「まだ、襖絵は変わらないんすか?あんなに水仙とか百合は大騒ぎしていて?」


「そうなのだ要君。今年はなんだか残暑が続いているからねぇ……これはこれで問題なのだ……」


「えっ?なんでですか?」


「昨今の季節は、この襖絵にも多少なりと影響があってさぁ……」


……おお!出たぞ出たぞ、先生のファンタスティック……


要のファンタスティックは、もしかしたらかなり感覚がズルれている様だが、そういうところが要なので、訂正する事も理解わからせる事もできない。

なぜならズレている事が理解できないからだ。


「とにかく、もう少しこうしておいて良さそうなんだ」


先生がそれは簡単に言ったので


「まぁ……まだまだ暑いっすから」


追求しない要なので〝そういう事〟で収まってしまった。

……というものの、そういえば〝此処〟先生のお屋敷に猛暑の夏に来ていて、エアコンという物を付けていた記憶が無い。

否々この屋敷に、近年の夏に完全必需品のエアコンという物が、存在するのだろうか?各部屋にあっただろうか?

否、せめて応接間にだけでもあっただろうか?

……なのに、この涼しげな空気はなんだろう?

そうだ、障子を全開しているから付けて無い……はずだ。

……なのに、此処にお邪魔していた間、暑くて堪らない思いをした記憶が無い。

いつも裏の森林から涼しげな風が心地よく流れて来て……そうそう、この襖絵からも小川のせせらぎ=空耳だが、それと共になんとも言えない涼やかな風が、全身を撫で付ける様に流れて、暑さなど感じさせる事がなかった。


……さすが神様のお座す森林だ……


と、納得する要はだ。

そして何よりも、さっき迄あれ程ヤバいと思い恥じ入ったをしていた、米子既婚者の話題をすっかり忘れているのには、ちょっと心配してみたくなる。


さて今回のお話しは、洋館に棲む家守りのお話しだ。

その家の家守りが、両親を亡くして若くして当主となった、青年に恋をするというお話しで、その青年は妻に毒殺されるのだが、幼い頃から祖母と同じ名前を付けて、家守りを大事にして可愛がっていたが為に、青年に恋をした家守りが嘆き悲しんで、青年が生きていた〝時〟の世界を作り上げて共に生き続ける……を繰り返すという、とても摩訶不思議なお話しだ。

……先生のお話しは、摩訶不思議ばかりなのだが……。


「えっ?」


要は先生を、それはそれはガン見した。

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