第11話

「俵崎さん……俵崎さん!」


米子さんが呼んでいる……。

目を……目を開けなくては……。

要はそう思って、渾身の力で目を見開いた。


「プッハー!」


大きく息を吸って吐いた。


「マジ死ぬかと思った……」


要は先生の裏庭にひっくり返っていたのか、横たわったまま重すぎる目を開けた。


「俵崎さん、どうしたんです?」


米子がそれは端整な顔を、覗かせて聞いた。


「いえ、あそこに珍しい家守が居て……」


「家守?」


「ええ、ちょっと白っぽい、赤い目の」


「ここには家守はいない筈ですわ。居るんでしたら裏の森林におりますわ」


「えっ?でも……」


「ああ……ちょっと先の洋館には、家を守るという家守いえまもりが居りますけど……」


「洋館?」


「はい。そこは宅なんですけどね……」


「宅?たく?タク……ええ?米子さんって、ここに住んでるんじゃなかったんすか?」


「何で私がここに?」


「だってずっと居るから……」


「だって近いんですもの」


米子は当たり前の事の様に言った。

まっ、いつもの事だが……。


「えっ?えっ?米子さんて、もしかしたらですけど、既婚者さんすか?」


「まぁ?今更……」


米子は恥じらう様に、左の薬指を差し出した。

左の薬指には、金の結婚指輪が光り輝いている。


「えー凄え……」


「そんな……大した事はござんせん……おほほほ……」


口元に細っそりと白い指を持っていって、奥様笑いをする。


「いえいえ、米子さんはそれは綺麗なのに、なぜか結婚してないちょっと気の毒な女性ひとだと思い込んでました」


「気の毒?」


米子の頰がピクリと動いた様に思って、要は慌てて


「違います違います……ごめんなさい」


と謝る。


「まっ、当たらずとも遠からずですから、その失言は許して差し上げますわ」


今日の米子は優しく言ってくれるから、要は立ち上がって、それでも気になって家守を探す。


「居ませんでしょ?」


「はぁ……居ません。なんか凄え綺麗な家守だったんで……」


「そんなに綺麗でしたかしら?」


「そりゃ綺麗で……」


要はそう言って言葉を切った。


「どうされました?」


「あれ?なんか森林が増えて……違うか……広くなってません?」


「どういう事です?」


「いえ……前は家の奥迄で……こっちの裏庭全体が、地続きじゃなかった様な……???うん……絶対広くなってますよーこっちからも行ける様になってる」


要が指をさして騒ぐ。


「じゃ、そこに何があったんです?」


「あーここに何があったろ?えー?なんかあったかなぁ???」


「……そんなんでしたら、大した事じゃありませんわ」


「はぁ……確かに……」


要は合点がいかない様子で、玄関の方に歩いて行った。


「……もしかしたら、そこの森林は洋館の家のもので、あそこが無くならずにすんだから、森林が残っているのかもしれませんわ……神様にお礼にご当主が捧げたんですの」


「あそこの洋館の物だったら、米子さんのお宅の物じゃないすか?」


「おほほほ……さようでざんすね……今は神様の物でござんすけど……」


またまた、奥様笑いをして見せる。


「うーん?なんかその言い回し……どこかで聞いた様な?」


「さようで?こんな喋り方、誰でも致しますわ」


「いやー致しませんて……」


要は米子をマジマジと見つめて言った。


「はぁ……とにかく、先生が居ないんじゃ、今日は失礼します」


「あら?そんな事言わずに、お茶でも召し上がっておいきなさいな。満月堂の美味しいお菓子がございますの」


「ええ?マジっすか?」


要の表情がパーと輝いた。


「先生がお留守ですからねぇ……二人分頂けますわよ」


「マジっすか?……じゃ、お言葉に甘えて……」


ワンワンと尾っぽを振って、飛びつく黒犬ぽい。


「……満月堂のお菓子でよろしいなら幾らでも……貴方にはお礼をしてもしたりませんもの……」


「はぁ?またまた意味不な事を……もっと詳しく優しく噛み砕く様に、ちゃんと教えてくださいよー」


要は玄関の上がり框に上がりながら、米子に懇願する。


「私は聡すぎる貴方よりも、今の貴方の方が好きですわ」


「ええ?またまた意味不な……米子さーん」


米子はそれは可憐な笑顔を作って、要の前を歩いて行く。



「ここか?こんな所あったかなぁ?」


要は帰りに洋館が気になって、ちょっと寄り道をして洋館の前に佇んだ。

洋館は古い建物だったが実にいい造りで、先生のお屋敷同様に深みを増して威厳を放って建っている。

二階の窓越しに、それは端整な顔立ちの紳士がこちらを見ていて、目が合うと頭を下げて挨拶をしたので、要も頭を下げて挨拶した。


……なんか、知ってる人の様な気がする……


って言っても、米子さんのご主人を知っている訳がない。

だけど、美男美女とはよく言ったものだ。

あんなに格好のいい人だったら、きっと米子の一目惚れに違いない。

なんだかとても嬉しい気持ちで、要はウキウキと駅に向かって歩いた。


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