第10話

「……何処からやり直したら、納得するのかしら?」


米子は豊子を見下す様に聞いた。


「?????」


「まだ幼さの残る貴女を、勝手に好きにして殺そうとした医師?それとも結婚すると言いながら、母親の剣幕に恐れ慄いて家督が継げないと、貴女を捨てた柏木?どこからやり直せば貴女は、自分が残虐な性格だって気づくのかしら?」


「貴女だって、愛してるって信じた男に殺されかけてみなさいな、愛情なんて何にもならない事が理解できるわ」


「ええ、愛した男が死んで……悔しくて悲しくて……永遠に彼が生きて私を可愛がってくれたに、暮らすものの気持ちなんて、貴方には理解できないでしょうけど?」


米子と豊子は、睨め付け合いながら佇んだ。


「可哀想な貴女は、結局医師が許せないのね?」


「……………」


「何も知らない無垢な貴女を、深く傷つけた……彼はどうなったかご存知?」


「奥さんと幸せに暮らしたでしょ?」


「はっ……所詮あんな男はあんな男よ。貴女の後に来た下女にも手を付けて、同じ様に殺そうとして、塀の中で寂しい最後を遂げたわ…」


「下女は死ななかったの?」


「ええ、貴女と同様に途中で気がついてね……。子供は下りたけど……彼女は農家に嫁に行って幸せに暮らしたわ…」


「…………」


「全てを知っても娶ってくれた人と、姑にはいじめられながらも、ご主人に庇って貰いながら三人の子供を育て、意地悪な姑を看取って、孫に囲まれた晩年を過ごしたわ……」


「私が間違ってたって?そう言いたいの?」


「ええ……一回だけやり直させてあげる」


「?????」


「本当は無いのよ。だけど私の思いが大きくて深かったから、だからに一緒に生きているから……ずっと生きて来たから、だから一回だけ機会をあげるわ……同じ様に生きても、貴女の後釜の下女の様に生きても、それはご隋に……ただ貴彬様だけは頂くわ」


「貴女……やっぱり?人間になると目が赤くは無いのね?」


「白くて赤い目を持つ家守いえまもりは、神聖な生き物なんですの……あの時ウブな私は貴彬様を貴女から奪う事ができなかったけど、永年ここでこうして後悔しながら生きて来たから、貴女に負けぬ程になりましたわ……だから気分が良いから、ご隋になさいましな……」


「ふん。たかが家守の癖に……」


「性根悪の貴女に、とやかく言われたくはござんせん」


米子は太々しく笑むと、それは可憐な笑顔を作って貴彬の元に駆け寄った。

貴彬はそれは嬉しそうに米子を見つめて、決して豊子に視線を落とす事は二度となかった。


「柏木さん、何人女性を変えても決してお母様は、お嫁さんを気に入ってはくれませんわよ」


「えっ?」


別れ際に米子は、それは綺麗な瞳を柏木に向けて言った。


「貴方は絶対に幸せにおなりになれないから、だから今回は許して差し上げますわ」


可憐で可愛らしい米子の笑顔は、柏木の記憶から消し去られていく。

そして時が経って、柏木は家督を継ぐものの、その実力の無さと傲慢な性格ゆえに、会社は倒産して哀れな末路を辿る事になるのは変わらない。




「貴彬様、このちょっと先に、森林が在るのをご存知?」


米子は洋館のベランダから、満天の星を見ながら聞いた。


「ああ……少なからず、うちとは縁の有る屋敷の裏だろ?」


貴彬は米子を、愛おしげに抱きながら答えた。


「ええ、確かあちらも良家でしたわね?」


「うん。親戚ではないんだが、我がご先祖様とは縁の在るお宅だよ」


「今度そこの森林に行きません?」


「家守を連れに行くのかい?」


「違いますわ。家守ならとっくに戻ってますわ」


「……そう?なら良かった……」


「……そこの神祠にご挨拶に……」


「そうだね、ご挨拶に行かないといけないね……」


貴彬は森林の方角に向かって、頭を下げて言った。


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