第9話

「ここを懐かしくお思いじゃ、ありませんの?」


それは見事な花が咲き誇る庭園で、米子はそのつぶらで、少し茶がかかった瞳を向けて言った。


「どうしてそれを?」


先程から豊子が感じて仕方なかった事を指摘されて、豊子は訝しげに聞いた。


「だって以前貴女、ここにお住みだったもの」


「えっ?」


「私の女中達は貴女に、それは残虐に焼き殺されましたわ」


「…………」


「あら?多少記憶を残してくださるお約束でしたのに……忘れておしまいになられたのね?本当に太々しい女……」


米子はその整い過ぎる顔面を、歪めて言い捨てた。


「貴女、女中達……家守や蜥蜴を焼き殺すだけじゃ飽き足らず、貴彬様を殺したんですのよ」


「!!!………」


豊子は激しい頭痛に襲われて、身を屈めてから膝をついた。


「思い出しまして?」


「貴女誰?」


「そんな事……それより貴女こそ、この時点で貴彬様をるつもりでしたの?」


「まさか……でも直ぐだったわ……」


米子の顔が再び歪んだ。


「彼も結局他の男達と変わらなかったもの……両親が居なくて親戚も遠いから、本当にうち内で式を挙げたわ。私の実家はそんなに裕福じゃないし、弟や妹が五人も居たから大変だった……。結婚して両親は彼を頼って、私にお金をせびった。そんな下賎な身内に彼は日に日に辟易していた」


「そんな……貴彬様がそんな事、気にする筈がありません」


「……そんな事、当事者じゃない貴女が、解る訳ないじゃない?彼は何も言わなかったけど、私には解った。私達を見下して貧乏人だと嘲ってるって……。男なんてみんなそう……可愛いね、綺麗だね……言いよって来て身も心も捧げたら、出自が悪いとか下賎だとか蓮っ葉だとか……弟達の為に奉公に出された先が医者の所で、そこの医師にいいようにされたわ、子供ができて私を持て余した医師が、私の体の為って言って薬をくれた。飲まずに懇意になった薬屋に見せたら、それって毒だって解った。徐々に体を蝕ませて、子供ごと始末する気だったんでしょ?全て薬屋に話してそこで堕胎楽を手に入れて子供を下ろすと、医師を脅してお金を出させてそこは辞めたわ。その後は流転を繰り返したけど、年頃になると不思議よね、良い所の男が言い寄って来るようになった。その中でも一番の金持ちと結婚の約束まで漕ぎ着けたのに、母親の反対に合って結局友人って男に譲られた……。家柄が良くてお金もあって、あっちこっちに山や土地を持ってて……私には身に余る良縁?そんな言い訳がましい言葉を聞かされて……そんな相手だって結局見下す……実家からお金をせびられたら、彼は嘲る様に私を見る……」


「だから貴彬様を?」


「私がお金が必要だって察したら、お金の為に結婚したって思った癖に、自分が騙されたって思いたくなくて、愛してる愛してる……って思い込もうとしてた。そんな気持ちの揺れなんて、直ぐに解るのに……」


「だからって殺さなくたって、いいじゃありませんの?まして家守や蜥蜴なんて……」


「だってお金が必要だったんですもの……なのに代々管理を任されてた爺の言いなりで、私の自由になる物なんて無かった……」


「だから爺やさんを?」


「そしたら夜な夜なうなされちゃって……挙げ句の果てに家守いえまもりの家守を可愛がってて、それが妙に気味が悪くて……家守なのにちょっと白くて目が赤くて……私を敵視してるみたいで、本当に気味が悪かった……だから、あいつを殺さなくちゃって思ったのに、あの人普段は温和で大声一つ上げない人なのに、たかが家守の為に私を怒鳴ったの……だから、あいつの仲間を皆殺しにしてやりたかった……」


「だからって、焼き殺す事はないでしょ?」


「家守のくせに人間に恋するなんて、生意気じゃない?そうでしょう?」


豊子はほくそ笑んで米子を見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る