第8話

「随分と時間がかかりそうだったので、君を待つ間に軽く……ね」


「本当に時間をかけましたわ。結局こんな処で収まりましたもの……無駄な時間でしたわ」


米子は豊子を一瞥して言った。


「いや、今日の君は普段に増して綺麗だよ……」


貴彬は柏木と豊子が居る事を、忘れて讃美する。

真っ白なワンピースに身を包んだ米子は、その清らかで清楚な容姿を誇示する様に、可憐な動きで貴彬のみならず柏木をも魅了する。


「こちらの美女に対抗するには、やはり無垢な白がいいと言う事になりましたの」


米子は貴彬に椅子を引いてもらい腰を落としながら、豊子に対抗意識を隠さずに言った。


「うちの女中達は、貴女みたいな美女が嫌いなんです」


「何を仰っておいでか、私にはさっぱり……」


「美しい物には棘が有りますわ……何食わぬ顔をして、私の大事な貴彬様が盗られては大変」


「私はそんな事……」


「あら?でもそちらの柏木さんは、貴彬様に豊子さんを押し付け様となすったんでしょ?」


「押し付けるだなんて……」


「柏木さんのお母様がお気に召さない女性を、貴彬様に娶らせ様となすったんでしょ?普通そんな女性は、柏木さん宅より格上の貴彬様の家柄では、もっと望まれませんわ。いくらご両親が亡くなられていると言っても……親類縁者が遠方に居ると言っても、勧めるもんじゃありません」


「いや、それはだね……」


「まっ……私も言えた立場じゃ有りませんけど……」


米子はそう言うと、それは可愛らしい笑顔を貴彬に向けた。


「僕はそんな事、気にしないからね……」


「だから心配なんですわ。貴彬様はお家柄の割に、気になさらないから……私もですけど、世の中にはそれは蓮葉女が存在しますのよ。ただ私は貴彬様の爺の姪に当たりますから、決して貴方を裏切る様な真似はしませんけど……」


米子は可愛らしい笑顔を満面に浮かべて、柏木と豊子に向けて言った。

二人は言葉を失って、目の前の他人の目を引く美しいが、何故か言葉に棘をふんだんに含む米子を見つめた。



「君にあんな可憐な、彼女が居たとはねぇ……」


柏木は客間で、庭で仲良く花を愛でている、美女二人を見つめて言った。


「そうだろう?米子さんが両親を亡くして、爺を頼ってうちに来たのが最近だからねぇ……」


「最近?」


「うん……あれは……そうそう、急に嵐の様に雨が降った日があっただろう?」


「ああ、春雷の……確か何処かの山に落雷したとか言う……」


「えっ?そうなのかい?忘れもしないその日だ……急に夕方から雷雨になった……嵐の様に風が強くて、ドアを開けたら彼女がびしょ濡れで立っていた。その美しさと言ったらこの世の者とは思えなかった……」


「じゃあ、君の一目惚れか?」


「はは……さすが柏木君だ。その通り僕の一目惚れさ……」


貴彬はそれは嬉しそうに、目を細めて言った。


「名を聞いて吃驚した……僕を殊の外可愛がってくれた祖母と同じ名前でね、僕は運命を感じたんだ……」


「はぁ……豊子を君に頼みたかったが、そんな顔を見せられては、諦めるしかなさそうだ……」


柏木はため息を吐いて言った。


「君には申し訳ないが、君よりも僕の方が早く身を固めそうだ」


「えっ?結婚するのか?決まったのか?」


「ああ……近々うち内だけで式を挙げる事となってる……申し訳ないが、君の申し出があったので、隠して会わせる訳にはいかないから、全てを語ったから米子さんはかなり気を悪くしていてね、君達に失礼をしていたら許してくれたまえ」


「そう言う事であれば、失礼をしたのは僕の方だ……申し訳無かったと米子さんに謝らねば……」


「いや……ちょっと、豊子さんの存在は米子さんの気持ちが判然として、僕としては嬉しい限りだよ」


貴彬はそう言うと、惚れ惚れとする様子で庭の米子の姿を目で追った。

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