第6話

「どうして?」


「これ以上粘れば、家督を継ぐ事が叶わないからな……」


「……と言っても、結婚を約束した仲なのだろう?」


「豊子は聞き分けがいいんだ……僕の不利になる事は望まない……どうだ?君が豊子を貰ってはくれまいか?」


「な、何を?」


貴彬が二人を見て困惑する。


「君にはご両親がいないし、口煩い親戚も遠い。君はとうに当主だし、僕よりも格が上だ。不義理をする豊子にも、申し訳が立つというものだ」


「いや、柏木それは可笑しいし、豊子さんに失礼だ……第一……」


「いえ、私は……」


豊子が潤んだ瞳を向けて言った。

すると柏木はほくそ笑む様に、貴彬を見て近づいた


「少し付き合ってやってくれ、気に入らなければ捨てても構わん」


小声で囁いた。


「柏木。君の大事なひとだろう?そんな事をするものじゃない」


「確かに美人だが、母親に気に入られなければ、嫁になっても幸せになれんだろう?」


「……と言ってもだな……」


柏木はニヤニヤしながら貴彬を見た。


「君の好みに合うと思ってさ、こうして来て貰ったんだ。どうせ僕の事は先々解る事だから、包み隠さず言ったんだ。豊子は決して裕福な家庭ではないが、純な性格だ。結婚するまでは……と、純潔を守っているし、僕とてそうでなければ君にこんな事は言わない」


「確かに豊子さんは実に美しいひとなんだが……」


貴彬は柏木を見て言った。


「僕には心に決めたひとがいるのだ」


「はっ?なんだって?そんな話しは、一度もした事がないじゃないか?」


「それはそうだ。こんな事を言うのは、君が初めてだからね……」


「一体誰だい?」


「秘密の間柄なのだ」


「何を。僕を眩ませる為に言っているだけだろう?もし、本当にそんな相手が居るなら、僕に合わせてくれ。そうしたら信じよう」


「会わせるのは構わんが、彼女の事はもう少しきちんと考えて、母君に説得すると約束してくれるか?」


「おう。君が彼女と会わせてくれたならば、僕は今一度努力をすると約束するよ」


柏木は信じる様子もなく言った。



「柏木さん、あの方は無理じゃありません?」


貴彬が帰宅すると、豊子は柏木に言った。


「ああ、あんな事を言ったのは、自分に女っ気が全く無いのを恥じての事だ。彼は未だ嘗て思い人どころか、女の話しすら聞いた事がない。僕はいろいろと派手だったからねぇ、くだらない対抗心を持っているんだろう」


「私はあの方なら、貴方を諦めてもよろしくってよ」


「ちょっと妬けるなぁ……だが、彼は見栄えもいいし良家の出だからね、君にはいい相手だと思って言ってるんだ。姑に嫌われて嫁に入っても、幸せにはなれないだろう?第一彼にはその煩い姑がいないからねぇ……嫁の出身についてとやかく言う者はいない……だろう?」


「貴方と一緒になれれば、どんな辛抱だってできますわ」


「口だけは相変わらず上手いね。だが残念だなぁ……君の顔には彼が気に入ったって書いてある……だから、結婚するまで彼には会わせる気がなかったんだが、こうなっては仕方がない……だが、彼と上手く事が進んでも、偶には僕と逢い引きしてくれるだろう?」


「まあ?まだ決まった事ではないのに?」


「彼の君を見る目は、もう決まったも同然だ。君が一度その潤んだ瞳を向ければ、落ちない男なんていないさ」


柏木は豊子の躰を摩る様にして言った。


「さぁ?それはどうでしょう?貴方みたく母親が怖くて、私を友人に譲る男もいるもの」


豊子は微かにしなを作って、柏木に好きにさせながら言った。


「それは……それは、彼ならこれからも君と逢えると思ってね……」


「なんて悪いお友達なのかしら?」


「ふん。元華族だか何だか知らないが、そんな物に守られた世間知らずの馬鹿者さ。ちょっとくらい損な思いをしたって、彼の人生のマイナスなんかにならないさ」


柏木は豊子を抱きすくめると、荒々しく豊子に口づけ、豊子はそれに激しく応えた。



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