第3話

「何故です?」


「貴女の為に、俺は力を尽くします」


「あなたからそんな言葉を聞けるとは、思ってもいませんでしたわ」


「こんな台詞言ったのは初めてっす……そして、たぶん二度とない」


「判然と言うんですね?」


「……こんな事言う俺は、きっと俺じゃない……でしょ?此処は何時もの場所じゃない。俺は死ぬんすか?」


「それは……」


要はニヤリと笑むと、返事を聞く必要もない様子で門に手をかけた。

手をかけた瞬間に要は、門の中に吸い込まれた。

吸い込まれる瞬時、要は手を伸ばして家守を握りしめた。

柔らかくてグニョグニョしていて、そして家守やもりは要が気を付けて握っているから、だからおとなしく要の掌にいる。




貴彬たかあきらさん……さぁ……少しでも召し上がって……」


それは綺麗な女性が、ベッドに半身をもたげるやつれた貴彬と呼ばれた男に、銀の盆に乗せたスープを差し出して言った。


「豊子……君の気持ちは凄く有り難いんだが、僕はもう……」


貴彬は豊子を見つめると、軽く首を振った。


「そんな事言わずに……一口……一口だけでも……」


豊子はそう言うと、自らスプーンを手にスープを掬い、貴彬の口に持っていった。

貴彬は微かに笑むと、力無く口を開けてスープが近づくのを待った。

不敵に微笑む豊子の瞳と、力無く微かに微笑む貴彬の瞳が合った。

スープが貴彬の口に入る瞬間、家守が豊子の指に飛びついて噛み付いたので、豊子は声を上げてスプーンを落とした。


「だ……誰?」


「あー俵崎要って言います」


要は丁寧に挨拶を忘れない。

それは厳しく母親に躾けられたからだ。


……挨拶をする。ありがとうを言う。それから……


「だ、誰?」


豊子は血相を変えて、怯える様に言った。


「だから俵崎要って言います……ああ、そこの家守さんの知り合いで……」


突如として現れた不審者に、恐怖を覚えない訳が無いのだが、そんな事を察する能力が欠如しているのが要だ。


「米子か……」


貴彬は家守を認めると、親しみを持って言った。


「や、家守の知り合いなんて……」


豊子は要を凝視しながら、少しずつ後退りして慌てる様に部屋を出て行って、走って階段を降りる音が聞こえる。


「ずっと姿を見せなかったね……もう、居なくなったのかと思っていたよ」


「米子さんは、このずっと先に在る森林に、同胞さん達を逃しに行ってたんす」


「……逃す?」


窶れて蒼白な貴彬が家守の米子を見て、視線を要に移して聞いた。


「オタクの奥さんが、同胞さん達を焼き殺すらしくって、生きている仲間を森林に逃したんす……彼処には、それは尊い神様がお座すから……だから……」


「……米子は、普通の家守とは違うと思っていたんだ……」


貴彬はマジマジと、米子を見つめて言った。


「……だったら、どうして米子さんの言う事を信じないんす?奥さんがオタクを殺そうとしてるのは、知ってるんすよね?」


「……そうなの?そんな事知らないよ……あの豊子が、僕に毒を飲ませているなんて……」


貴彬はそう言葉にして、目を伏せた。


「……そうだね……今は知ってる……米子が夢に現れて言ってくれた時には、僕は豊子を信じてた……あの純で清らかな豊子が、財産目当てに僕に毒を盛って、時をかけて殺そうとしてたなんて、そんな事有る筈が無い……」


貴彬は枕元に居る、米子を摩る様にすると


「お前の言う事を聞くべきだったね。だが、僕は豊子を心から愛してたから、だから豊子とは別れられなかった。仮令殺されてもさ……」


と言った。赤い目の家守米子は、ただジッと貴彬を見つめた。

悲しげに切なげに……。


「今もそうなんすか?」


要は貴彬の顔を見て言った。


「今でもあの人の事、愛してるって言います?」


「…………」


「普通、殺される程だったり、そんな残虐なとこ見て、愛してなんていられないっしょ?」


貴彬はジッと要を見つめた。

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