家守り米子の恋

第1話

「おはようございます」


要はそれは明るい声で、貳瑰洞先生のお宅のインターホンを押した。

裏の森林から、涼しげなの風が流れて来る。


「あら?」


インターホン越しに、米子が今日は予定がなかったので、ちょっと頓狂な声を発していた。

要は正門を入って玄関迄に行く間に、庭続きに見える森林を眺めた。

……が、要は眺めるだけの人間だ。

先生のお仕事のお手伝いをする時には、その部屋の窓の障子を開けると、一層近く入り口が見えて、その景色がとてもお気に入りだというのに、なぜか要は森林の入り口ひいては森林に行ってみたいという気持ちを持たない。すこぶる特別感覚の持ち主だ。

そんな要が玄関が開くのを待ちながら、不思議と森林の入り口とは反対の方角に目を向ける。

何か気になって、仕方が無い様に見つめる。


「おはようございます。今朝はどうなさったんです?確か先生のご用はありませんでしょ?」


「あーそうなんすけど……」


チラチラと落ち着かずに見つめるが、そんな事は気にならない様子で米子は続ける。


「先生は今日は、お出かけになってますわよ」


「えっ?先生お出かけっすか?……まじかー、先生は出掛けないと思い込んでた……」


要が独り言で愚痴る。


「あら?どう致しましょう?」


「あー、用事無いのに勝手に来ちゃったんで……」


要はそう言い終わらない内に、ずっと見つめていた方向を指差した。


「米子さん、なんか居ません?」


「あら?なんでしょう?」


「なんか……トカゲみたいな?」


「トカゲ?」


米子も要と同じ方向を、食い入る様に見入った。


「……何も?何も居ませんわよ」


「……いや、なんか居ます。絶対居ます!」


要はそう言うと要にしては珍しく、森林とは反対側近くに続く庭を覗きに行った。


「俵崎さん?」


「ああやっぱり!米子さん居ました居ました。家の外壁に張り付いた……」


「えっ?外壁?」


米子が玄関のサンダルを突っかけて、要の声がした裏庭に向かうと


「た、俵崎さん?俵崎さん!」


要は目を見開いたまま、天を見据える様に仰向けに倒れていた。


「俵崎さん!」


目は見開いているのに、微動だと動かずに天を見ている。

起きている訳では無く、意識は無いのに目が開いている。

ただジッと見開くその瞳に、心配して覗き込む米子の顔を映し出して……。




……米子さん……


要は心配そうにジッと覗き込む米子の目を、食い入るように見つめた。


「……うっ!プハー」


要はずっと息が止まった状態から蘇生した様に、大きく息を吸って思いっきり吐くと共に身を起こした。


「マジ?死ぬかと思った……」


先生のお宅の裏庭で、要は身を起こして呟いた。


……あれ?米子さん?ああ……先生を呼びに行ったのか?……


空は高く青く白い雲がゆったりと流れて行く。

天を仰いで、外壁に張り付いているトカゲに目を向ける。


「なんだ……蜥蜴か……でも白い蜥蜴って珍しい……」


「相変わらず無知な……」


赤い目を持つ白い蜥蜴は、要をジッと見て言った。


「はぁ????」


「私は蜥蜴ではなく家守やもりですわ」


「や、家守???」


そう言えば、家の庭で見かける蜥蜴とはちょっと違う様な?

要は小さい時から、物事に余り興味を持たない性質たちなので、蜥蜴と家守の違い……というより、家守というもの自体を解っていない。

たぶん何処かでお目にかかっていたとしても、大半の身近な爬虫類は蜥蜴と認識している。

それは家の庭に蜥蜴が居るからで、その蜥蜴が日向ぼっこをしているのを見た時に、誰かが〝蜥蜴〟だと教えたから認識しているだけで、その人が嘘を教えていたら、間違って覚えている様な奴だ。


「や、やもり……」


「家を守るです」


「や……家守?」


字を当てる事ができた、大きく頷いた。


「マジ?家守ってんの……」


蜥蜴……否否、家守を見て聞いた。


「守ってわ」


赤い目を持った白い家守は、要を注視して言った。



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