第11話

暫く白孤は神山で深く眠り夢の中でいつも、紅が傍に在って優しく介抱してくれた。

白孤は目を覚まして、そして飛び起きた。

紅の手の感触が残っている。

あの時、追っ手が追い付く所まで来ていたのに、白孤は気を失った。

紅はどうしたろうか……追っ手に連れ帰られたろうか……死んでしまったろうか……?

そう思いながら、鮮血で染まっていた両手を見つめた。

両手は綺麗に洗い流され、鮮血の跡も残していない。


「白……」


忘れる事のできぬ愛しい声音を聞いて、白孤は顔を向けた。


「紅……大事なかったか?連れ帰られたのではなかったか?」


白孤は紅のか細い躰が、思いっきりぶつかる様にしがみついた、その重みを感じて泪を流した。

夢ではない……現実だと実感できたからだ。


まことに其方なのだな?死んではおらなんだのだな?」


「神様が……神様がお助けくださいました……そして、わたくしも此処にお連れくださいました」


「主人が?」


「わたくしは貴方に嫁いだ身ゆえ、此処に共に暮らしてよいとお許しを頂きました」


「私達をお許しくだされたのか?この不義理の私を?」


「妻に惚けた事ならば致し方ないと、仰せくださりました」


紅は泣き笑いをして言った。


「ならば……其方と共に生を共にできるのか?」


「はい……お祖母様の願いを叶えたら、再び共に此処に参ってよいと……」


「お祖母様の願いを?」


「はい……今一度だけ……お祖母様の願いを、叶えてやっておらぬからと……」


「ならば、今から共にご挨拶に参ろう……慈悲深き主人の元に……」


白孤は紅の手を取って、立ち上がって言った。




「白孤が生きていて、よかったですね」


羽鳥は久しぶりに、先生のお宅に来て言った。

何せ幸せな新婚さんなので、なかなか顔を出すがない。

そんな事は百も承知な先生だから気にしていない。否、羽鳥の今迄を思えば、そうしてくれていた方が安堵できる。

余りにも、この二人も哀れすぎたのだから……。


「要君のお陰だよぉ〜」


「俵崎ですか?」


「うんうん。また要君に助けられたよぉ〜」


「俵崎凄えなぁ……」


「本当に凄えよぉ〜。本当は、奥方様は実の息子に池に落とされて死んでてねぇ、それを兄弟で隠蔽していたんだよぉ〜。絶対に白を当主にしたく無かったんだねぇ。そんなだから奥方様は、死ぬに死にきれなかったのだ。成仏できずにさまよっていて、白孤と紅さんの惨劇をその目で見たんだねぇ。奥方様は我が息子が馬鹿は馬鹿でも、あれ程強欲で愚鈍だとは、流石に思いたくなかったろうけど、その目で見てしまってはねぇ……。余りの悲しみと神様に対しての申し訳無さに、死んでお詫びを申しあげたいけど、我が身は死んでいるからねぇ……それで、奥方様は孫娘の紅さんに自分の代わりに、神様にその身で詫びてくれる様に言ったんだよぉ〜愛する白孤が死んだと聞いた紅さんは、生きている意味もない事だから、それは喜んで白絹を受け取って、躊躇する事なく首を吊って果てた。あの世で白孤と添い遂げる夢を見ながらさぁ……だけど神使である白孤は、閻魔様の裁決を受ける事は無いし、紅さんに対する思いが強くて、全てを失くす事ができずに、あの笛の中に残っていたんだねぇ……」


「あの笛は?」


「お祖母様が白孤に教えていたそうだよぉ〜そして、紅さんがその音に合わせて、お祖母様の前で舞を披露していたそうだ……」


「三人の一番楽しい日々だったんですね……」


「お祖母様が、天寿を全うする迄続く筈の幸せさぁ……それを実の息子達に裏切られるとは……」


「それを悟っていて、主人に懇願したんでしょう」


「うん……そうかもしれないねぇ……だけど、白孤の気配など全く私達は感じなかった……要君が白孤と共鳴してくれなければ、こんなに側に置きながら、ずっと明後日の方向を探していたよぉ〜」


「……なるほど、俵崎のお手柄で、奥方様の願いは叶った訳ですね?」












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