第10話

「……あの時……腹を切る前に止めておけばなぁ……」


清書をしながら、要は後悔を口にした。


「いやいや要君。神刀で喉を突かなければ、白孤は死なないからね?暫く休めば元気になるんだ」


「……って言っても紅さんが……」


「それは仕方がない。紅さんには我慢してもらうしかないんだよぉ〜、とにかく白孤が生きている事が大事なんだ。主人はそれは喜ばれてる」


「それでもなぁ……」


「白孤もまだ若いからねぇ……あの時腹を切るだけで、死んだ様に眠りにつくから、そのまま休んで癒せばよかったものを……」


「マジで死なないんすか?」


「そうだよぉ〜あの時だったら……さすがに傷は深かったが、直に完治してたよぉ〜」


「先生。先生の考えられる神使って、不死身すね?」


「えっ?」


「今度のお話しは、僕の夢がヒントっすか?お役に立てて光栄っす」


「要君、君はまだそんな事を言うんだねぇ〜」


先生は出会って初めて、要を見て呆れる様に言った。




白孤は腹を切って、死んだ事にするつもりだった。

確かにそうするつもりだった。

自分が死ねば紅は、諦めて天子様の元に赴くと考えた。

だからスゥーと一文字に引いた後、力を込めて突き刺した。

思いっきり突き刺した。確かに死んだ様に眠る様に……。

だが……神使といえども、腹を刺せば痛みはあるし血を流す。己で刺せば尚の事だ。

その腹の痛みに堪えている時に、紅が居ない自分を思った。

紅が居ない日々はこの痛みに相当する、否それ以上だろう。

白孤は紅を愛していた。心から愛していた。

幼い時にお祖母様に連れて来られ、まだ幼子のそれは美しい紅を見た時に、この様に可憐で美しいものが自分のものになるのだと思って、神山を離れた寂しさも一族や両親と離れた寂しさなど吹き飛んでしまった。

ただ紅と共に大きくなった。

紅の美しさと、ひたむきに慕ってくれる可愛さに魅入られた日々を過ごして来た。

だから、紅が居ない自分が想像できない。

そう思った瞬間、白孤は本当に死のうと思った。

神使はなかなか死なないが、お祖母様に請われて赴くとなった時に、いずれ戻って来る事を許される証しと、紅との二人の前途の祝いとしてあらたかなる神刀を頂いた。

神刀ならば仮令神使といえども、命を絶つ事が叶う。

そう考えて喉を突いた。


……そうだ、紅は白孤にとって命そのものだ……

……ならば、紅にとって白孤も命そのものであって然るべきだ……


何故そう考えなかったのか?

白孤は深い眠りについて、そしてやっとそう考える事ができた……




先生のお話しは、お祖母様が池に落ちた所を、白孤が助ける所から始まる。

お祖母様は三人の愚息達が、白孤を紅の婿とし跡を継がせる事に憤りを持っていた為、幾度となく命を狙われていた。

そして次男が大事な相談があるといって呼び出して、自分を亡き者としようとしている事に気がついていた。

その為次男の誘いに乗ったふりをして、自分を池に落とした事を公として、親殺しは大罪となる時代だから、次男はお裁きによって死罪となった。

それに恐れをなした愚息二人をおとなしくさせて、神との約束通り紅と白孤の婚礼をあげ、それから間もなく領主を無理矢理隠遁させた。

二代に渡って愚鈍な領主に苦しめられていた人々は、賢くお祖母様にそれは厳しく教えを受けた白孤の、民を尊重する領主ぶりに尊敬の念と親しみを持った。

大恋愛の末に結ばれた白孤と紅は、生涯仲睦まじく三男二女の子宝に恵まれ、その三人の男子も賢く家督を忠節を持って守り抜き、大きな財を成して現代まで残した。

そして神山の一つである、或る山の中に在るやしろに参拝を欠かさなかった。





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