第9話

先生は焦りながらも、それでも気を使って要に読み易い様に書いてくれている。


「先生……最初紅さんは白さんが死んだと聞いて、正気を失ったんですよね?」


「うん……城主の元に赴く時に、白絹で首を吊ったんだよぉ〜」


「ちょっと話しを変えたんですか?」


「変えたんじゃなくて、変わったんだよぉ〜」


「へっ?」


「白孤が死ぬと紅は正気を失ってしまうんだが、領主はそれを伏せて城主に赴かせるつもりだった。あれ程の美貌だからね、天子様に差し出せなくとも、城主の慰みものにしてもいいし…天子様に一夜の慰みに差し出してもいいと、城主に進言する心算だったのさぁ。もはや正気を失した娘だ、使い棄てするにも何かに役立たせたかった……だが、亡き奥方様がそれでは一族郎党が罰せられると、紅の所に白絹を手にしてやって来た。そして白絹を手に持たせると、たった一言紅に言ったんだよぉ〜」


「…………」


「白が待っているからお逝き……。すると紅は嬉しそうに微笑んで、梁に白絹を垂らして首を吊ったんだよぉ〜。そして紅の躰は何時迄も、止まる事なく揺れ続けていた……領主がその身を下ろそうとしてもずっと振り続けて、下僕達が下すのに手間取ったそうだ」


「紅さんの思いが、そうさせたんすか?」


「そうかもしれないねぇ……要君、その日を境にその家は没落するのだ……だが、あれ程しっかり躾をした奥方様が、なぜ短刀ではなくて白絹を渡したと思う?」


「どうしてですか?」


「奥方様はそれは、神様との約束を気にされた。神との約束は絶対だからねー。だから自分の代わりに報いを受ける紅様の、その清らかな躰には傷を付けさせたくなかった。自慢の孫娘だもの……しかしそれよりも……白孤は神使だからねぇ、もしも……もしもで白孤に逢えた時の為に、それは美しい孫娘の躰に傷を残したくなかったんだよぉ……白孤に捧げる紅様のその白く滑らかな肌に、痛々しい傷痕は残したくなかったんだ。どのみち紅様には痛々しい首吊りの跡が残るというのにねぇ……」


先生は鼻をすする様にして言った。


「どうして没落したんです?城主に責められてですか?」


「いや、紅様は病死と言う事にしたから、一族郎党はお咎めはなかったんだけどね、天子様よりも尊いお方の逆鱗に触れたのさぁ。そうしたらどうしようもない、ただ辛苦の地獄があるだけだ。奥方様の三人の息子と、その血は絶えるしか術は無いからね」


「じゃ、領主の血筋は残っていないんですか?」


「あの一族は根刮ぎだったねぇ……」


先生は感慨深そうに言った。


「さて、それをどうしようかねぇ?……まずは、白孤と紅を助けなくっちゃ……」


先生は慌てる様に、再びペンを走らせている。


……先生の話しは、どこ迄が本当でどこ迄が空想なのだろう……


先生が何処まで作品に、のめり込んでいるのかが解らないから、聞いている要はどんどん錯覚していく。




白孤と紅は走った。

追っ手の声が聞こえる。

それでも白孤は、紅の手をしっかりと握って走った。

森林の中をただ走った。

白孤の体内の血がドクドクと流れる、白孤は神使だから……だから紅の手を取って走っていられるが、人間ならとうに死に絶えている。

神使は生が長い。そして白孤の家系はそれは由緒ある家系だ。

神気の質がそれは高い、だからもっている。

白孤はまだ死なない、死なないがそろそろ限界だ。

躰を休めて治癒に専念しなくてならない……つまり気を失う寸前だ。

だが、今自分が気を失ってしまえば、紅は追っ手に捕まってそしてどうなる?

天子の元に赴かされ不幸な一生を過ごすのか?それが厭で自ら死を選ぶのか?

そう考えると、気を失う訳にはいかない。

だが……白孤は足をよろけさせて倒れ込んだ。


「いたぞー」


追っ手の声が大きくなっていく……。


「白……」


紅の絶望に満ちた表情が、白孤の閉じていく瞳に残る。


「紅……」


白孤は血に染まった手を伸ばして紅の腕を、きつくきつく掴んだ。

ただただ手離したくなくて掴んだ。




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