第8話

紅は父によって、部屋に閉じ込められていた。

白孤は紅の為ならば、死ぬ事も厭わない。

そして、ご母堂様が亡くなった時点で、己の立場も理解している。家臣となった白孤が、領主の一人娘を娶れる筈はない。

紅がお祖母様の意思を盾にとって詰め寄ったとして、領主が認めぬ限りそれは叶わないし、ご母堂様にしっかりと躾けられた白孤が、家臣となった我が身が紅を娶る事はない。

紅が望めば望む程白孤は我が身を持て余す、娶れぬ以上白孤は死を選ぶしかないのだ。

だから、領主は白孤に詰め寄れば死を選ぶ事を知っていた。

だから紅は、閉じ込められている。

白孤が死んだと聞かされて正気を失い、後追いをする可能性が高いから、危険な物は全て取り上げられ、格子の嵌め込まれた部屋に閉じ込められた時に、紅は城主様に赴く事を拒み白孤に嫁ぐ事を頑なに望むが為に、父が激怒して閉じ込めただけの事ではないと胸騒ぎがしている。

暗い闇の中、格子の小窓から三日月が赤く光っているのが見えた。

余りに赤く光って不気味に見えて、紅は黒曜石の様な瞳を潤ませた。


「白は私が名付けた名前だ。紅の伴侶とするが為に、私はそれは尊きお方から白をお預かりした。だから、紅に白……なんとめでたい夫婦だろう?」


お祖母様は、それは楽しげに笑って言われた。

紅が物心がついた頃から、白は紅の許嫁として存在した。

そして共に育ち、その賢さと精悍な顔立ちに紅は、将来の夫に恋い焦がれた。

その恋は大きくなると、相思相愛と言う名に変わって、ただ婚礼をあげる日を楽しみに大人になった。

大安の吉日、お祖母様が決められた日をあと少しとしたある日、お祖母様は次男の家に行った帰りに、池に落ちて死んでしまった。

喪に服すを理由に婚儀を先延ばしにされ、そして城主様に見初められ召される事となった。

白はお祖母様が決めた夫だ、それ以外の者の妻には成り得ない、そう父に訴えても欲に駆られた父は聞く耳を持ってはくれず、白に詰め寄っても、家臣となった白は連れて逃げてくれる事はしてくれない。


……今生で一番貴き天子様……


と繰り返す。

だが、お祖母様はずっと言っていた。白はそれはそれは尊きお方からお預かりした、それは尊いものだと……。

それでも白は聞いてくれない。

一番貴き天子様の元に赴く事が、紅にとって一番の幸福と信じているから……。


「紅よ……」


紅は小窓の外から、白の声を聞いて明るい顔を作った。


「白……」


「其方はどうしても、天子様の元に行くは不幸となるのか?」


「何故その様な事を聞かれます?わたくしの心は、ただただ昔から白だけの物なのに……何故天子様が一番と決めつけるのです?心が白の物なのに、この身が他の者の物にならば、わたくしは正気ではおられませぬ……」


「……ならば、其方はお祖母様が大事にされておられた、この家を捨てられるか?この私と共に此処を去れるか?」


「白……先程お祖母様がお越しになられ、それはそれは尊きお方とのお約束を守れぬ故、かの方に申し訳なくて仕方がないとお嘆きでした。ほれ、こうして白にもしもの事あらば、この白絹で首を絞めて死ねと……」


紅は小窓から、白絹を手を差し伸べて見せて言った。


「お祖母様が其方に死ねと?」


「わたくしを白に娶らす為に、白をお預かりしたのだと……それを違える訳にはいかぬから、お祖母様の代わりにわたくしがこの身をもって、尊きお方にお許しを請います」


「紅……」


「白……わたくしは、貴方でなくとは幸せではないのです。どんなに貴きお方でも不幸なのです。貴方がわたくしを捨てて逝くのなら、わたくしは白を思って逝きます」


白は小窓の外で泪を流した。

そして身体中の血が全て流れ出る程の痛みと目眩を感じながら、神気を使って紅を部屋から連れ出し、気が失せそうになりながら、紅の手を取って走った。

じきに白の死骸がなく、紅が部屋から姿を消した事を悟った領主が追っ手を差し向ける。

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