第7話

「腹切っちゃったんすよねーだけど喉刺すのは止めたんすけどねー」


要がポツリと言った。


「要君?今何て言ったんだい?」


先生は血相を変えて、要の肩を持って聞いた。


「夢の中で……ああ、厭な夢って言うのが、白さん……前の夢では自分だったんすけど、二度めの夢では腹を切る処を、間近で見てまして……これもまた夢だと思うんすけど、先生がお相手の紅というお姫様が、白さんが死んでそれを苦に首吊りしたって言ってたので、その事を教えて……」


「君!止めてくれたのかい?」


「腹はかなり深く切ってそりゃ凄い出血だったんすけど、その上喉を突こうとするんで、それは止めたんすよ。そしたら気絶しちゃって……だけど、なんか死なないんじゃないかと、夢なので勝手に思ってたら、目を覚ましました」


先生はそれはそれは美味い、米子さんの朝食を置き去りに立ち上がると


「米子さん部屋に……部屋に……」


大騒ぎをしながら、部屋を飛び出して行った。


「先生朝食は?」


「何を言っているんだよぉ〜!要君が……要君が白孤が喉を突くのを、止めてくれたんだよぉ〜」


「え?神刀で突く方ですか?」


「そうだよ〜」


「……でもあれは、夢ではありませんの?」


「違う!違うよぉ〜米子さん」


先生と米子は大慌てで廊下を走った。

そして端の部屋の障子を開けると、部屋の中に駆け込んだ。


「白絹が……白絹が消えていますわ先生……」


米子が感極まって声を詰まらせて言った。


「うんうん……米子さん。白孤が思い留まったのだ。喉を突くのを思い留めたのだ……。高々の短刀で切った傷など、仮令深く刺したとしても時が経てば癒える。神刀で突く事さえしなければ、白孤は死なないよぉ〜」


先生はポロポロと涙を流して言った。


「こ、こうしてはおられない……書かねば……」


先生は再びあたふたと走って作業部屋に……。


「白孤は紅さんと逃げている筈だ……早く書いて助けねば……」


先生が慌しくしているので、要は茶碗を手に部屋を出て作業部屋を見つめた。


「俵崎さん……」


「米子さん、先生如何されたんです?」


「ああ……これから大事な執筆を……。お代わりですか?」


「あっ?はい。……だったら早く食べてお手伝いしないと……」


「よろしくお願いします、俵崎さん」


米子は要から茶碗を受け取ると、それは神妙に丁寧に頭を下げて言った。


「…………」



先生は新緑の襖絵の前で、それは急く様にペンを走らせている。


「先生……余り急がないでください」


要が背中を見て小さく声をかけた。

急いでいると悪筆が一層と酷くなって、要が読めない。読めないと書き直さなくてはいけないから、反対に時間に無駄が出てしまうから、先生が気持ちが急く様にしていると、要は先生に声をかける様にしている。



白孤は紅の手を取って走った。

神使である白孤なら紅を抱きかかえて、一瞬にして移動する事も可能だが、腹を掻っ捌いてダラダラと鮮血を流している状態で、紅を抱く事も神気を使う事も叶わないから、鮮血に染まった手で、紅の手をしっかりと掴んで走った。

か弱い紅と同様な位の速さでしか走れないが、それでも精一杯走って逃げた。


神刀で喉を突こうとした白孤は、要から紅の先を教えられた。

会った事も見た事も無い、ちょっと怪しい風体の者だったが、神使の白孤には疑うには及ばぬ相手と理解できた。

なぜだかそう信じられた。

愚鈍な領主のいう通り、今生で一番貴き天子様に紅を捧げても、紅が望まずに死を選ぶのであれば、白孤は死ぬ意味を持たない。

仮令紅が死を選ばずに、天子様の元に赴いたとしても、幸せでなければ、ただ愚鈍な領主と強欲な城主の欲を満たすだけの事だ。

紅が幸せでなければ……紅が……。

白孤はそれを紅に確認する事にした。

その答えによって、喉を突いても遅くはない。

そうだ紅の為ならば、幾度この命を捧げても構いはしないのだから……。

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