第5話
要は再び先生の、何時もお泊りする部屋で目を覚ました。
「目が覚めました?」
米子が障子を開けて言った。
眩いばかりの日差しが差し込んで、要はしっかりと覚醒していく。
「すみません……俺……どうしたんすか?」
「目眩を起こして倒れたんですわ」
「目眩?……ああ、よくあるんす」
「まあ?そうなんですか?見た目によらずか弱いんですのね?」
「か弱いかどうかは解らないけど……目眩とかそら耳とか多いんす。目眩の時は変な夢をよく見て……病院で診てもらった事もあるんすけど、異常は無いんす……」
「そりゃ、解らないでしょう?現代医学では……」
「えっ?現代医学で解らない、難病なんすか?」
要が必死の形相で米子に聞いた。
「何を馬鹿な事を?そんなタマではござんせんでしょ?」
「へっ?」
「薄命なのは美人だけですわよ」
米子はフフンと鼻で笑うと言った。
「とにかく起きて来てくださいな。朝食を一緒にと、先生がお待ちですわ」
「えっ?朝飯何スカ?」
要は大喜びで起き上がって、米子の後に従って行く。
そうそう……床の間のある広い部屋が、何時も作業をしている部屋側の、突き当たりの直ぐにあった。つまりお泊り部屋の隣だ。
そこで何時も美味い食事を、ご馳走になっている。
「先生おはようございます」
「おお、要君。おはようおはよう……」
先生は上機嫌で要を認めると、嬉しそうに言った。
そんな優しい先生を見ると、昨日の事は夢だと思う。
先生が形相を変えて、それもあんなに恐ろしい顔をして要を見る筈が無い。
白という人も死ぬ話しも、全部ただの夢に違いない。
要はそう思って安堵した。だって余りに悲しすぎる話しだもの……。
そしてとても痛くて苦しくて……???
……夢とはいえ物凄い激痛を覚えている。これもよくある事だが……
夢の中の感覚や感触が残っている。
ググって調べたら、意外とあるらしい。
マジで体験した感覚が残っている。
要は思わず腹を摩った。
「要君、お腹が痛いのかね?」
「あーいえ。厭な夢を見た後は、ずっとその感覚が残ってて……」
「厭な夢を見たんだねぇ……」
先生はそれはそれは気の毒そうに言った。
「はい……」
夢の話しをして、こんなに気の毒そうに言ってくれたのは、先生が初めてだ。
だいたいが鼻で笑われるか、呆れられるか……。
「どうぞ……」
米子は黒塗りの盆に乗せた朝食を、要の前に置いて言った。
「あっ!米子さんの厚焼き玉子……これ、極ウマっすよね?」
要は大喜びで厚焼き玉子に手を付けた。
「今朝はかますの干物ですわ」
「かます?聞いた事あるなぁ……」
「いまが旬ですから、美味しいですわよ。それに海鮮屋の干物ですから、それは逸品ですわ」
「海鮮屋の?綿津見様がお許しのかい?」
「ええ。綿津見様がお許しの処でしか獲れない代物ですから、それは活きが良く新鮮です。それを秘伝のタレに浸して干した物ですから、それは幸せを頂けて極上の味が致しますわ」
「うう……海鮮屋の物は極上だからねぇ……」
「以前先生が前のご当主の願いを、叶える手助けをなさったじゃありませんか?あれからのご縁で宅に卸してくださいますの」
「それは知らなかったよぉ〜情けは人の為ならずだねぇ……」
先生は感極まる様な表情を浮かべながらも、かますに箸を付けて目をクリクリとさせて要を見つめた。
「講釈を聞いた後だからかなぁ?物凄く美味しいよぉ〜」
それを見た要が急いで箸を付けて頬張った。
「うま!」
先生と要は目をクリクリとさせて言い合った。
綿津見様って誰だか知らないが、なんて有り難い人だろう。
こんなに美味しい物を獲らせてくれるなんて……
……ありがたやありがたや……
要は生まれて初めて有り難いと感じて、手を合わせる様に頂いた。
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