第4話

「領主様の元に遠出になられた城主様が、偶々馬を休める為にお越しになり、そして美しい領主様の一人娘の紅様を見初められました。領主様は二年程前にご母堂様を亡くされていて、そのご母堂様が僕……夢の中では〝白〟と呼ばれてたんすけど、その白を孫娘の紅様と結婚させると決めていたんすけど、喪に服している間に、城主様に見初められ……」


「城主に見初めされた紅様が、どうして天子様に差し出されるんだい?」


「城主様に野心があって、稀に見る美貌の持ち主である紅を、城主様の義娘として差し出す事で……」


「覚え目出度くする為かい?」


「ああ……たぶん……」


「高々それだけの為に、紅様を天子様に召し出すと?」


先生はそれは物凄い形相を作って聞いた。


「はい……。そうすれば、領主の立場も良くなるから……だけど、紅様は白を愛しているので、どうしても行かぬと言い張り、お祖母様が決めていた事を違うなどと……と領主を責め立てて……」


「領主はどうしたんだい?要君……」


「白に紅様が天子様の元に赴く様に致せと……」


「不埒な!」


先生はカッと目を見開いて天を仰いだ。


「それで君はどうしたんだい?」


「薄暗い部屋でジッと……ジッと考えて……考えて……」


「腹を切ったのか?」


「死に切れずに、懐に肌身離さず持っていた、主人より頂いた神刀で喉を突きました」


「馬鹿な事を……なぜ?神刀を使ったんだい?あれは……あれは……」


「死ななくちゃ、紅様が未練を断ち切ってはくれないと……いや、違う……違う……」


「紅様は君が死んだ日から、正気を失われたが、とうとう城主様の元に赴く日に、白絹で首を吊って死んだのだよぉ〜」


「???そんな……天子様は今生における最高に貴いお方……名誉こそあれど、死ぬ筈はございません」


「紅様にとってこの身の名誉など、君との愛に比べればなんの価値も無かったのだ……何の価値も無いんだよぉ〜」


先生は要の肩をきつく握って、泣きながら言った。


「馬鹿な……私は主人から頂いた、大切な神刀で何をしてしまったのだ……」


要は天を仰いで涙を流した。



先生との会話が夢の様になっていく……。

要が聞いたのか、〝白〟が聞いたのか……解らなくなって行く……。


薄暗いあの部屋で、白はジッと行燈を見つめている。

今度は要ではない。何故なら要は白の側で、白が徐に脇差しを抜いているのを見ているから……。

白は懐紙を取り出すと、脇差しの柄から刄に掛けて懐紙を巻いた。

そして着物をはだけさせると、腹に刄を突き刺して横に引いた。

痛みで蒼白となり、汗を額に浮かべて苦痛の表情を浮かべた。

そして最後に思い切り突き刺したが、白は死ね無い事に気がついた。

痛みはあるものの、致命傷にならない事は知っている。

そして時が経てば、少しずつ治癒していく事も知っていた。

だが、今生ではお祖母様にこうして教えを受けた。

人間の武士の最後はこうすると教えられた、だから白はこうして死にたかった。死ねなくとも、こうしたかった。

ふるふると震える突き刺した刄に力を入れながら、片方の手で懐に忍ばせている神刀を取り出した。

これは主人たる神様より、お祖母様の元に赴く時に手渡された。

若き神使とその妻となる紅の祝いの品として、神様が下賜くだされた物だ。

よもやこの様に使うとは、思いもよらぬ事であったろう代物だ。

白はその神刀を喉元目掛けて突き刺そうとして、傍に居た要に制止された。


「誰だ?」


「俵崎要と言います」


要は何故か神刀を手に、きちんと挨拶した。


「手を……手を離せ」


「いや、紅様の為に死ぬんだったら、それって無駄になっちゃうので……」


「?????」


「おたくが死んだら、紅様首吊り自殺しちゃうので、どちらかってゆーと、やめといた方がいいかな……って……」


「紅様が?」


白が手を緩めたので要は神刀を手に取り、腹の短刀を抜いた。

瞬間白は苦しげな表情を浮かべ、そしてそのまま横倒れして気を失った。

ドクドクと腹から、赤い血が吹き出す様に流れた。

要は慌てて手で傷口を塞いだが、両手がただ真っ赤に染まるだけだった。

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