第3話
米子は血相を変えて、貳瑰洞先生を呼びに行った。
何時ものんびりしている先生が、それは素早く飛んで来て要を注視した。
「要君……」
「私が居てはあの人の邪魔をしてしまう……」
「!!!」
先生は吃驚するように、目を見開いて要を見つめた。
「白孤……かい?」
すると要は面を上げて先生を凝視した。
「君をずっと探していたんだよぉ……私は同じ主人に遣える身だよ、安心して……」
「お前も遣わしめなのか?」
「違う違う……私達は神使じゃないが、故あって君と同じ主人に遣えてるんだよぉ。そして主人は、それは君の事を残念に思っておいでなのだ、だから私達は……」
「主人には何と申し開きを致せば……否、その様な事は、できよう筈もない……」
要は渋面を作ると、胸を押さえて慟哭した。
「我が身が愚かなるばかりに、主人のご期待に添えぬばかりか、この身を主人以外の者に捧げた……仮令地獄に堕ちようと、現世を彷徨う事となろうと致し方のない事……どうか捨て置きくださいますよう……お情けでございます」
そのままピタリと動かなくなった。
「白孤……」
先生が覗き込むと、要は突っ伏したまま寝息を立てて眠っていた。
夢の中で要は少し神経質そうな男の面前で、平伏して首を垂れていた。
部屋は薄暗く行燈が男の側にあったが、その灯りはさほど明るい物ではなかった。
「白よ。紅はどうしても、其方と添いたいと我儘を申すのだ。確かに其方はご母堂様が、紅の婿にと所望して参った者。故にご母堂様の元で、恥じぬように育てられたが、家臣は家臣である。ご母堂様が亡き今、其方は家臣なのだ。主人の姫たる紅と添える訳がなかろう?紅は城主様のお目に留まり、天子様に差し出す事と相成った。天子様はこの国の一番のお方、そのお方に召されてこそ紅の幸せはある、其方如きに如何様ともし難いは解るな?……では、紅を納得させ天子様の元に赴かせるには、如何致せばよい?」
男は顎を閉じた扇子で持ち上げて聞いた。
「如何致せば紅は天子様の元に赴く?」
白と呼ばれた要は、顔色を変える事無くただ目を伏せている。
神経質そうな領主の視線を避けて、目を伏せている。
「其方の返答次第では、紅を如何致せばよかろうか?」
領主はそう言い残すと、白を部屋に残して出て行った。
障子を閉める間際に、白の表情を見つめてほくそ笑んだ。
白……要はジッと座したまま、ただ一点を見つめている。
何を思いそうしているのか、当の要には解らない。
「???」
要は何時もお泊りの時に布団を、米子さんに敷いてもらって寝ている部屋で目を覚ました。
部屋は煌々と灯りが明るくて、先程の陰湿な夢がなお一層と陰に籠もった。
「おお!要君目を覚ましたかい?」
「ああ、先生。凄く凄く厭な夢を見ました」
「どんな夢だい?」
先生は食い付く様に尋ねてくる。
「男が死なないといけないと、決意するんです」
「なぜだい?君は知っているのかい?」
「ええ。その夢の中では僕だから……」
「???誰が?」
「死ななくちゃいけない男が……」
「……では、どうして死ぬんだい?死ななくてはいけない様な事をしたのかい?」
「……愛する
「……それで、なぜ死を決意するんだい?」
「彼女が愛しているのが僕だから……だから、天子様の元に行かずに、お祖母様の言いつけ通り、僕と結婚したいと言うから……」
「どうして、君達は結婚できずに、彼女は天子様の元に行かねばならないんだい?」
何時も温和で優しい先生が、今まで見た事もない様な形相で聞いた。
それは背筋がゾッとする程に、冷たくそして忿怒の表情……。
先生は絶対そんな表情をする事が無いと思っていた、そんな表情……。
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