白と紅

第1話

要が先生の担当になって先生の創作意欲はどんどん増し、そして作品は期待以上の人気で雑誌もどんどん売れている。

先生のお話しは、だいたい一話完結で月刊誌に掲載されるのだが、ときたま前編後編となる事がある。

その時は、先生が天から降りまくっていて、書きまくっている時で、そういう時は要は何時も以上に先生に苦しめられる。

前にも書いたが、先生は乗りまくると、悪筆とか読みにくいとかの次元ではなくなるからだ。

そんな字を、乗りまくりの先生に水を差す真似はできないので、できる限り自力で解読して清書していくのだが、見た事も無い字を解読するなんて、要の能力で追い付く筈が無い……のを、頑張ってやっていっているのだから、社会の荒波を乗り越えている感がいっぱいだ。

……とか思っているが、こんなに甘やかされて、毎日の様に先生に褒めてもらいながら、社会の荒波感もあったのものじゃ無いと、普通の人ならば思うところだが、そこを思わない要はとしか言いようがない。


……という事で、今回も乗りまくりの先生のお宅で、清書のお手伝いをしていると、最近ではお楽しみとなってしまった、10時のおやつの時間となった。


「先生、10時ですね」


「要君、10時だねー」


要は黒檀の卓上に先生から頂いたパソコンを広げ、先生は何時もの様に文机で執筆している原稿用紙を置いて言い合った。

10時ピッタリに障子が開いて、米子が鎌倉彫りのちょっと大きめな盆に、お茶と菓子を乗せてやって来た。


「あら?」


米子は目を輝かせて、此方を見入る二人を見て言った。

まるで黒犬と白犬が涎を垂らして、おやつを欲しがっている様に見えた。


「今日は水羊羹と寒天のおやつです」


「ワンワン……」


二人が大喜びで寄って来たが、ワンワンとしか聞こえない。

米子が卓上に菓子とお茶を並べている間、〝待て〟をしている犬にしか見えないのは、きっと米子だけの事では無いと推測できる。


「召し上がれ」


……よし……


……ワンワン……


思う存分尻尾を振っている光景が見えるのも、米子だけでは無いはず。


「これって寒天でできてるんすか?」


要が鬼灯の中に、黒の出目金が泳ぐ和菓子を見て言った。


「これは満月堂の夏の和菓子だよぉ〜。ツルンツルンと口の中を、出目金が泳ぐんだよぉ」


「先生。その表現はちょっとグロいっす……」


要は顔を歪める様にして文句を言いながらも、その出目金をパクリ……。


「うおー!マジ……泳いでゆきます」


感嘆の声を発した。


「ねー、そうだろう?泳いでゆくだろう?満月堂の和菓子は凄いのだ」


「マジ凄いっす……」


要はジッと鬼灯を見ながら感激したりだ。


「以前から、不思議に思っていたんですけどね……」


そんな要を見つめながら米子は言った。


「……なんでしょう?」


「毎回凄く感激してお食べになるけど、何処で売っているとか店は何処にあるとか、お聞きになりませんよね?」


「あっ!そう言えばそうだねぇ」


先生も不思議そうに、出目金を口の中に泳がせながら言った。


「だって、どうせ僕は買いに行けないだろうと思って……えっ?買いに行ける処なんすか?」


その言葉に、先生と米子は唖然とする表情を浮かべて、顔を見合わせている。


「うーん?要君はさすがだねぇ。当たらずとも遠からずだよぉ〜」


「……此処で頂くから美味いんすよ。買って帰ったら、きっと違う気がする……。以前先生が仰ってた〝旬〟だと思ってます」


「旬?」


「作物は取れる時が一番美味いって……年に一回でも数年に一回でも……直ぐに手に入れられない物が最高なんです。僕は先生と米子さんが入れてくれたお茶と、一緒に頂くから美味しんだって思ってるんす。これは僕が先生の担当にならせて頂いた特権だから、姉の飛鳥にも両親にも教えてやりません」


要はそれは真顔で言ったので、先生と米子は顔を綻ばせて笑んだ。

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