第4話

「凄く……凄く意味不なんすけど?」


怒涛の急展開に要は耳を疑った。

難聴が原因の空耳騒ぎは落ち着いている筈だが、物凄く疲れているのか?

要はしたり顔で頷いている、米子と先生を見比べて言った。


「だから、主人が許せば、もう一度だけやり直す機会があるんだよぉ。ただ主人が許されなければ、それは無理なんだけどねー」


先生は粛々と進行する羽鳥と藻の婚儀を、感慨深い表情で見つめながら、要の動揺など気にする様子もなく言った。


「……主人は決して人々の事に干渉されないのだ。それは人々の事だからね……ただ、それによっていろいろと主人に不都合が起こると、それは主人には不本意だろう?そういう事だと、主人はお許しになられるのだ。それは人々の事ではなくて、主人の事だからねぇ。そこはちょっと勝手なところがお有りになるのが、主人の主人たるところなのだ。そして君はかなり主人に気に入られている……それは凄く良い事なんだよ。なかなか人間は無垢でいられないからねぇ、君みたいな人間は珍しい。例えば名だたる陰陽師とか高僧とかは、無になる修行をしたり会得したりして、結局極めたりするのは、もはやその時点で〝無〟ではないのだ。主人がお好みになられる〝無〟では無い。だが、そんな事を一切欲しない君は、凄く凄く主人にはお好みなのだ」


先生は滔々と要に語ってくれるが、余りに滔々過ぎて要には解らない。

つまり要だから、主人はお気に召しているという事が、なにせ主人が主人だから本当のところは解らない。


そんな先生の話しを聞いている内に、婚儀は進んで会食の時間となった。

とにかく楽しみにしていた此処の料理だ、いろいろと奇々怪界ではあるが、そんな事に気を取られて食べずに帰っては、暫く後悔しそうだから、そこはあっさりと思考を変えて食事に舌鼓する。

そういう事を気にせずに、そうできるのが要だ。

確かにめでたい日なので、〝板さん〟は腕によりをかけているな、と思わせる程に美味い。

鯛の尾頭付きとか赤飯はとても古風な感じだが、刺し身の盛り合わせに寿司、鯛のすり身の汁物は格別だ。


「海の物は綿津見様からのお祝いのお品だそうで……」


米子が味を見つつも、それは厳しくチェックを入れる。


「えっ?そうなの?綿津見様までお祝いを下さったのか?」


「今日はお越しになれない方々からのお祝いは、相当な物ですわね……それに今は旬で無い物迄新鮮で……」


「これはかの方々が、それはこの日を待ちわびていたという事だ」


「そうですわね……でも先生、どうして今まで皆々様方が待ち望んでおいでだったのに、こんなに長い事駄目だったのでしょう?」


「うーん。僕もずっと考えていたんだが、かのお方達が手を焼かれたのは、かのお方達が好まれる、無垢というヤツの所為じゃないかと思い当たったんだ」


「無垢?」


「高僧や名だたる陰陽師などの、それは立派な〝もの〟であったなら、かのお方は簡単に取り除かれたろうが、そこに無知な者や下手クソな者の手が加わった為に、凄くややこしくなって、そしてかの方が複雑な部分を取り除かれた。すると余りに単純過ぎる〝もの〟が残ってしまったんだなぁ……うんうん……そんな簡単な〝もの〟は、高貴なお方には簡単じゃ無くなってしまった……簡単にしか考えられ無い者にしか、解く事ができなくなっていたんだろうねぇ……」


「簡単……ああ確かに、なんでも簡単に済まそうという、傾向がありますね」


「……じゃなくて、簡単にしか考えられ無いのがいいのさぁ。ちょっとでも複雑に考えたり、思ったりしちゃいけないだ……」


先生は無心に、料理に喰らいついている要を見て言った。


「先生……」


羽鳥は酒を片手にやって来て、先生の杯に注ぎ入れながら声をかけた。


「羽鳥君。おめでとうおめでとう。これで晴れて本当に、お許しを頂いたねぇ?」


「はい……先生のお言葉を信じて来て、本当によかった……」


羽鳥は目を潤ませて言った。



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