第3話

要は目が眩んだ所為だと思ったが、どうにもお顔は判然としないが、そこは社会の荒波で少しは調子よくなった要だから


「は……初めまして……俵崎要です。先生や羽鳥さんには、とてもお世話になっています」


一応挨拶ができる様になっている。


「いやいや、其方はなかなか良い働きをしておる。実に満足である」


主人は要にお言葉を下さった。

すると騒めいていた部屋が、一瞬にして静かになった。


「え……」


要が唖然として見回すと、殆どの客達の顔が判然としない。

やっぱり先程目眩がして真っ白になったからだと納得したが、目の前の先生達の〝主人〟は、よく見るとなんだか煌々と輝いている様にも見える。


……目が慣れれば見える様になるかも……


そう思っていると、神々しく輝く主人の顔が動いた。

と同時に静かだった部屋に、大きな歓声が起こった。


それは綺麗な金襴緞子の帯を締めて花嫁御寮が、やはり綺麗に着飾った女中さんに手を取られて入って来た。


「え?女将さん?」


此処の女将で羽鳥の婚約者の藻さんが、それは美しくしめやかに、金屏風の前に腰を落とした。


「要君、我々も米子さんの所に行くとしよう」


先生はその優美で可憐な姿を、目を細めて見つめながら言った。

先程の先生達の〝主人〟からずっと下座に、米子は座って目頭を熱くして、それは美しい花嫁御寮を見つめている。

席に着く途中で歓声が起きた。

どうやら羽鳥がちょっと遅れて、響めきが起こる程に美しい花嫁御寮の隣に座った様だ。


「これって……」


「今夜は二人の祝言なのだ」


「祝言?……」


「結婚式の事ですわ」


米子が呆れた様に言う。


「えっ?結婚式は来年なんじゃ?」


「それは羽鳥君の招待客だ。そっちの披露はいつでも構わないし、いろいろと準備が面倒くさいだろ?こちらの方々は、彼らの婚礼をそれは長きに渡り待っていたからねぇ、ちゃっちゃと済ませてしまえとお達しがあってね。それこそ待ちに待った二人だもの、少しでも早い事にこした事は無い、ご命令通りちゃっちゃと済ませる事にしたのさぁ……」


「ちゃっちゃと……ですか?」


「意外と此処の方々は〝ちゃっちゃ〟がお好きなのよ……暇を持て余しておいでだから……」


小綺麗に着飾って見紛う程に美しくなっても、米子はやっぱり米子だ。


粛々と祝言は進む。

凄く心地よい声が響き渡る。


……高砂やーこの浦船に帆を上げてぇー


聞いた事がある一節だ……。

もの凄くもの凄く響き渡って心地いい……。


すると可愛らしい稚児二人が、静々と新郎新婦の前にやって来て厳かに座して、それは高級感溢れる朱塗りの盃に酒を注ぎ入れている。


「え?……」


要は目が慣れてきたのか、反対にもっとクラクラしているのか、稚児の尻にピンと立つそれは立派な尻尾を認めて


「???」


米子が要が小さな声を発したので、要を凝視する。


「米子さん……なんか尻尾ありません?あの子供達」


「ああ、そんな事?」


「そんな事……って……」


「当然ですわ。だって妖狐達ですもの」


「よ……妖狐?」


「藻さんは妖狐……九尾の狐ですもの。そのご一統がお祝いに参じて当然ですわ」


「?????」


「要君。藻さんは神が遣わされた、瑞獣の九尾の狐なんだよぅ」


「へ?」


「それは長い事、羽鳥君とは愛情を交わしながらも、ずっと触れ合う事ができなくてねぇ……それは気の毒だったんだよぉ〜」


「いや先生……それは、先生が書かれた作品ですよね?」


「僕は二人の事を作品として書いて現世に出したんだが、僕のオリジナルではないんだよ〜」


「先生?」


「僕の作品は全てそうなんだよぉ〜思いを残したもの達の悲哀を、主人からお許しを頂いて書いて、そして現世に出すのが僕のお務めなんだよぉ〜」


「あ、主人っすか?先程の?」


「うんうん。あのお方にお許しを頂いたものは、再びの機会を与えられるんだ。そのお手伝いをさせて頂いているのが、僕たちなんだよぉ〜」


「僕たち?」


「そうそう、米子さんと羽鳥君と君も……」


「へっ?」

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