第2話

華の金曜日……。

要は先生と米子と一緒に料亭へ……。

米子も長年のお付き合いがあるらしく、それはおめかしをして、紫色の生地に片側の胸元から、白く可憐な梔子の花が裾にかけて豪華に咲いている着物に、銀の帯を締めて黒の紗の羽織を羽織っているが、何時もにも増して綺麗だ。

髪の毛も一つに束ねて、それは良家のお嬢さん……ご婦人……の様に見える。

先生は紋付き袴姿で、それは粋……要は〝粋〟という言葉しか知らないが、要が思う所の〝粋〟なご当主ってところか……。

そんな二人に伴われた要は極々普通のスーツ姿で、ただ何故か入社の時に母が買ってくれた、ちょっと高めのフォーマル兼用の、黒のスーツを着て来て良かった感がある。

料亭の中に入ると、女中さんが着飾ってお出迎えをしてくれた。

こんなにこの店で働いている女中さんが、いるとは思えない人数だ。


「おかみは起こしかい?」


「はい……それはご機嫌よろしく……」


「それは良かった。藻さんと羽鳥君は、お上の長年の気がかりだったからね……晴れてお約束を果たされて、安堵されておいでだろう……」


「はい……早々とお供をお連れで、藻さんのお支度も、いの一番にご覧になられました」


「それは……羽鳥君より先かい?さぞ気におかけだったのだなぁ……」


「はい……。当然の事ながら、満天の星空をお約束頂けました」


「天満月か……」


「月夜見様がお祝いにと……」


「それは有り難いねぇ。藻さんは果報者だね」


先生はホクホク笑顔で言って、上がり框を上がった。


「ツクヨミ……?なんか聞いた事ある……???」


「かなりの有名人ですわよ」


「……えっ?そうなんすか?藻さん凄えな……って言っても、羽鳥さんも凄いらしくって、結婚式には凄い人達が来るって……」


「ああ……来年の?今夜の招待客は、そんなレベルじゃござんせん」


「えっ?どんなレベルっすか?」


「誰もお目にかかれない


「誰もお目にかかれない?……誰だろ?」


要も米子の後に従う様に、上がり框を上がった。

すると女中さん達が、要の顔を見るなり真顔で頭を下げた。


「あーこんばんは、お邪魔します……」


「米子さん……なんか挨拶されたんすけど……」


「そりゃ挨拶されるでしょう?あなたは主人の恩人なんですから……」


「またまた意味不な事を……もう少し優しくいろいろ教えてくださいよ」


「……と言われてもね、この厳粛な雰囲気の意味が解せないあなたに、私は敬意を表すわ」


何時もにも増して長い廊下を、ひたすら歩きながら米子は真顔を崩さずに言った。


「それって……絶対褒め言葉じゃないっすよね?」


さすがの要だって、今夜の雰囲気くらい読み取れているから、小声で米子と会話をしている。

すると米子は大広間の、絢爛豪華な本襖を認めてニヤリと笑んだ。

その絢爛豪華な本襖の隙間から、それはまばゆいばかりの光が、其処彼処と惜しげもなく漏れ輝いて、ほくそ笑む様に見える米子の顔を煌々と輝かせ、当然のことながら見惚れる要をも輝かせた。

余りにもの光の輝きに、先に歩いていた先生の姿がシルエットの様に見える。

その先生が襖に手をかけて開けると、光がパーと輝き散った様に要を目眩ませた。


「全くしっかりなさいな」


米子に手を取られて中に入ると、暫く目の前が真っ白になって何も見えなかったが、ざわざわと声が聞こえてきた。


「要君……」


先生に呼ばれて目を開けると、大広間にそれは豪華な料理が並び、そしてそれは立派な身形みなりの人達が座して談笑していた。


「要君要君」


先生は手招きして要を読んだ。

要は大慌てで先生の所に寄って座った。


「此方が我々の主人だよー」


「主人?」


要は先生に言われて顔を見るが、それは見事な身形みなりなのだが、不思議と顔が判然としない。

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