第11話

裏の神様が仰々しくお成りを告げてお越しになられるのは、それはそれは珍しい事だと、先生と米子は興奮気味に説明してくれた。

確かに奇跡の瞬間を目撃した様に、感慨深く感動的だ。

こんな感情は生まれてこの方、感じた事がない程だ。


「要君そろそろ帰りたまえ」


先生はノリノリにペンを走らせながら、夕焼け空から暗闇へと変化を遂げようとする外を見て言った。

光の柱は煌々と今だに輝きを損なわずに、立ち続けている。

要はその光の柱を眺めながら先生を見た。


「先生、今日は此処で書き直して、いってもいいでしょうか?」


「えっ?それはいいけど……」


「もう少し……いえ、できる限り進めたいです」


「そ、そうかい?そうしてくれるのかい?」


先生はそれは嬉しそうに言うと、立ち上がって部屋を出て行った。


「米子さん米子さん!要君が今日は此処で仕事を進めてくれるそうだから、だから夕餉の支度をしておくれ……」


先生の嬉しそうな声が聞こえる。


「はい……そのつもりでおりましたわ」


米子が変わらずの落ち着いた様子で、返答している声が聞こえた。

錦の光の柱は、暫く天に向かって立ち続けた。

そして要は、先生が書き終えるまでずっと、先生のお宅で清書をお手伝いさせて頂いた。

羽鳥が要の着替えを、母から預かって持って来てくれたが、羽鳥はなんだかとても若返って見えた。


「先生……」


「君も見えるかい?あの神々しい光の柱?」


「ええ……」


「……あれは吉兆だよ。神様がとうとう来るべき時が来ると、我々に知らせてくださってる。僕は書き終えているから、要君が打ち終えれば、事は変わる筈だ」


「しかし、雑誌に掲載するのはまだ先の事になります……それまでにまた紛失すれば……」


「公になる事が好ましいが、文書となって現世に出る事が肝心だ。大丈夫、今回は神様がお越しになられた。良い様に計らってくださる」


「はい……」


羽鳥は窓から神々しく立つ光の柱を眺めながら、目に涙を溜めてキラキラと輝かせた。

そんな羽鳥の様子を知る筈も無く、要は先生の悪筆と文章に悪戦苦闘している。





「ええ?」


要は新しく書いた先生の作品が雑誌に掲載されて、それがまたまた好評であったので、先生と共に先生のお宅に寝泊まりして仕上げた功労に対して、羽鳥から料亭で夕飯をご馳走になっていたが、羽鳥が結婚するという事を聞いて吃驚して声を立てたのだった。


「編集長結婚するんすか?」


「そうなんだよ要君。君のお陰だよぉ〜」


先生はまたまた意味不な事を言う。


「誰と?……って言っても、知らない女性ひとっすよね?」


要がちょっと塩だれて言った。


「いや、ちょっと君も知っている女性だ」


羽鳥はそれは明るい顔を向けて言う。

それが凄く嬉しそうで、幸せだと物語っている。


「えっ?誰っすか?」


「此処の女将のみくずさんだよぉ〜」


「ええ?あの超絶美人の?」


「そうそう、超絶美人のだよぉ〜」


先生も嬉し過ぎるのか、大好きなお酒を飲み過ぎて、目の周りを赤くして言った。


「それは……おめでとうございます」


「ありがとう……君には何と礼を言っていいか解らない。あの時……喫茶店で君と出会ったのは、本当に神様のご加護だ……」


「編集長……嬉しいのは解りますが、言っている事は……?」


「いや、いいんだ。僕は君に出会えて本当に感謝しているよ」


「そうそう……僕もだよぉ〜」


二人は酒が回って、できあがりつつある様だ。

酔っ払いの言う事なんか気に留めずに、美味い料理に舌鼓する。

そう言えば、今日の料理はそれは格別高級な感じだが、そんな事が要に解る訳が無い。

ただ何時もに増して、美味いのだけは理解できる。


暫く酔っ払い二人が戯言を言っているが、気に留めずに料理を堪能していると、女将が酒を持って入って来た。


「あー女将さん、おめでとうございます」


すると女将は要に酒を注ぎ込みながら、黒曜石の様な瞳を潤ませて見つめた。


「ありがとうございます。このご恩は決して忘れません」


「???あーいえ、僕の方が羽鳥さんにはご恩があります。就活で内定が無かった僕に、面接してくれて、僕なんか絶対内定頂けない様な所に入社させて頂きました……本当にありがたいです。どうかお幸せになってくださいね。羽鳥さんはなんか飄々としているけど、凄く良い方です」


「はい……はい……」


女将さんは感極まって涙を流した。

結婚ってこんなにも感極まって、涙を流す程のものの様だ。

酔っ払って女将さんの手を取って抱きつく羽鳥を見ながら、先生は涙を溜めて喜び、要は酔っ払いの所業に冷めた視線を送る。


翌日出版社の受付に十数個の出版社の封筒が、何かが入った状態で乱雑に置かれてあった。

受付の女性が来ると、それ等は散りばめられた様に在ったそうだ。

そして中を見ると、封筒によって枚数は違う物の、多い物で百枚近くの白紙の原稿用紙が入っていて、中には色褪せた物もあったという。

無論の事その用紙は、中身を見た担当者によって全て捨てられたが、要が見れば何が書いてあるのか、解ったかもしれない。




《羽鳥と瑞獣・九尾の狐…終》

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