第10話
「要君、今回は僕が書く作品を、君に此処で書き直してもらおうと思うんだ」
「此処で?ですか?」
「そうそう……暫く……ちょっと時間が、かかるかもしれないけどね」
「いえ、僕の仕事は先生のお役に立つ事ですから、毎日此処に通って書き直します。ではパソコンを明日持ってきます」
「いや、要君。パソコンはちゃんと用意してあるのだ」
先生はそう言うと文机の引き出しから、黒のちょっと小型のノートパソコンを取り出して見せた。
「凄いですね」
「うん。一応持ってはいるのだ。ただ僕は機械が苦手でね……何と言うのか、機械を触ると壊しちゃう傾向があるのだ」
「壊しちゃう?」
「そうなのだ。羽鳥君が新し物好きなので、なかなか良い物を使うだけにして持って来てくれるのだが、どうした事かデータとヤラが消えてしまったり……まあ、いろいろだ……」
先生は苦笑いを浮かべて、新しい型のパソコンを手渡しながら言った。
「先生。僕の同級生にも、ちょっとした事で機械を壊す迄はいかなくても、駄目にするヤツがいました。そいつは静電気が発生しやすいからだと、言っていたようですが?」
「おお、要君そうなのかな?静電気が生じやすい質なのかな?」
先生はそれは嬉しそうに言った。
機械系に弱い事を、殊の外気にしていた様だ。
最近の若い者じゃない限り、得意じゃ無くても恥ではないと思うが、先生は凄く凄く恥じ入っていた様だ。
先生の字はそれはそれは読みづらい。
蚯蚓のはった跡とか曾祖母は言っていたが、この事か、と納得する様な字だ。
そして先生はノリに乗ってくると、それはその傾向が酷く出る。
正に今日はノリに乗ってきている。それもかっ飛ばしている感じだ。
読むに読めない状態と化していく。
「先生……」
要はどうしようも無くなって、天から降りまくっている先生に向かって声をかけた。
しかし先生は降りまくっているから、そう簡単には手を休めてはくれない。
走りに走りまくっているその下の用紙を見ると、もう字が一体化しつつあって、一筆書きの状態となっている。
これではどうにもならないと、要は遠慮なく先生の耳元で声をかけた。
「先生、先生!」
「おっ?何だい要君?」
「先生、申し訳ありませんが、もう少し……もう少しだけ丁寧に書いて頂けませんか?」
もう懇願する様に言う。
「おお!ごめんごめん。悲しき恋人たちを早く幸せにしてあげたくて、気が急いてしまった」
またまた、先生が作品の中に入り込んでいる。
先生は慌てる様に、一筆書き化した部分を書き直してくれ始めた。
森林の入り口が見える窓から、夕焼けが赤々と差し込んできた。
……夕焼けが差し込む?……
要は徐に目を窓に向けると、窓の外が真っ赤に見えた。
「……………」
まるで惹きつけられる様に要は、清書の手を休めて窓の側に佇んだ。
「要君?」
要が微動だにせずに見入っているので、先生は怪訝そうに要の側にやって来た。
「先生凄く綺麗ですね」
まるで燃える様な真紅の空に、森林から光の柱が煌々と立っている。
その柱は朝の輝きよりも、それはそれは煌々と輝いて、錦の光となって立っていた。
「光の柱だ……」
「本当だ。柱の様です先生……」
要が見惚れて目を細めた時、米子が慌てる様に部屋に飛び込んで来た。
「先生……」
「とうとうお越しになられた様だね?」
「はい……」
「要君、裏の森林に神様がお出でになられた様だよ」
「えっ?仰々しくお出でになられるんですね?」
「違うよ要君。何時もはそっと人知れずお越しになられるが、今日はお成りを告げてお越しになられた」
「……………」
「要君、これは吉兆のしるしなんだよ」
先生は瞳を潤ませて、顔を夕焼けに染めて言った。
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