第9話

「……でだね要君。僕はもう一度あの作品を書こうと思うんだ」


「えっ?九尾の狐のその後の話しですか?」


「そうそう……瑞獣九尾の狐の話しだよ」


「瑞獣九尾の狐……。瑞獣とは瑞兆として姿を現わすと、されるものですよね?」


「おっ、要君お勉強をしたね?」


「はい……先生のお書きになっていた作品の中の九尾の狐は、瑞獣とされていたので気になって調べました。先生、九尾の狐を瑞獣として作品が出た場合も、僕は要注意と思っています」


「…………」


要の気持ちはそれは有り難いが、ちょっと違うと思う先生だ。


「瑞獣には九尾の狐の他にもいろいろ有ります、九尾の狐の吉兆を現わす瑞獣としても、その現れる意味合いが違う様な気はしたんですが?」


「例えば?」


「鳳凰は徳の高い王者による、平安な治世に現れるとか……」


「ああ……あれは中国伝来だし、古の人々によって言い伝えられたか、はたまた政治的な意味合いもあるからね……一概に正しいとは言えないんだよ。第一九尾の狐は神によって吉兆を伝えに遣わされた瑞獣だからね、君が調べたものに当てはまらないんだ。だが、神はかなりお嘆きになられた。後に乱世となったのは、神の逆鱗に触れたからだ」


「えっ?そうなんすか?」


「それは当然な事で、神のものをあの様にしては……」


先生は悲愴な表情を作って軽く首を振った。


「まあ、神様でも怒りますよね?……という事は、今の時代ちょっと有名人な陰陽師が、できの悪い人だったのでしょうか?」


「いや要君。彼はかなり実力者だったと思うよ」


「だって瑞獣を妖狐と見誤ったヤツですよ?」


「瑞獣というのは、良き時代や王族をへつらって取って付けて言うだけで、本当の事は神でない限り解らないのだ。九尾の狐は妖狐だから、陰陽師は妖狐だと見破ったが、妖狐が全て魔物とは限らないし、神遣いであってもおかしくないのだ。要は神がお許しになられるか否かであって、人間が決める事では無い。だがそんな微妙な違いが、高々の人間に解る筈は無いんだ。……では、吉兆の現れとした瑞獣の九尾の狐がお側におるのに、何故体調を崩したか……だが、吉兆は天下の事を知らせる事であって、神がわざわざ個人の事を知らせる訳が無い。人間は往々にして勘違いをするが、神は決して人間に重きを置いている訳では無いんだ。神はただこの世の均整を測っているだけだからね。人間界の事は一切関与されない。指針を示されるお方はただおひと方だけだが、瑞獣を遣わされたのはその神ではなかったから、どんなに貴い人間とて、その人間の体調など全くお気に留めなどされなかった。当時の医師が病を解らなかっただけの事だ、それをあたかも妖狐の仕業としたのは、医師の無能さを隠す為か政治的な事が関わっているか……。とにかく陰陽師は妖狐を見破って、封じ込める事をした訳だから、かなりの実力者だと思うよ……うんうん……」


「僕も先生があの作品を、とにかく早く世に出してくださったら、凄く凄く安心できます」


それは嬉しそうに言った。


「そこで要君」


先生は大真面目に要を見つめた。


「はい」


「君はあの作品を読んで、どう思ったかなぁ?」


「あ……」


感想……というヤツか……。


「作品はまだ読んでいなかったんです。ほら、書き写す作業がありますからね……その時でいいかと……」


とか言いながら、何時も先生の文体と字体に苦戦して、結局雑誌に載ってからじっくり読むというのが、正直なところなのだが……。

とにかく、打ち込みながら概要だけは何となくだが理解していくから、そういう事にしておく。そこはちょっと調子良くなった要だ。


「あーでも、今回のは、何となく切なくて悲しくて……。不思議と読んではいないんですが、お手伝いをしただけで……」


「……しただけで?」


「あの二人の幸せを切に願いました。最後は呪縛が解けて、二人は幸せになれたじゃないですか?よかったなーって……」


「そうか!君はあの二人の幸せを切に願ってくれたんだね?ありがとうありがとうねー」


先生は感極まった様子で、要の手を取って言った。

先生は作品の事となると、現実との区別がつかなくなってしまう。

そんな先生の事を少しずつ解り始めた要は、礼を言われながら苦笑する。

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