第8話

……なるほど……


要はそう言われて始めて〝そうなのか〟と思った。

最初に見たあの感覚は、均整を取れなかった現実に対する、作者の悲哀なのか……。

とか感慨に耽るかと思いきや、要は文箱の絵柄が気になって、文机の上の文箱を覗いた。


「赤一色だ……」


「北朝の意味なのかなぁ?」


「そうか……」


「彼岸花は赤が主だからね?ただ、それになぞったのかなぁ?」


先生は少し顔を歪めて笑った。


「しかし先生……」


「何かな?要君」


「今の季節で彼岸花は、季節に煩い先生にしては、ちょっと違う様な?」


「おっ?要君さすがだね……今回だけはちょっと違うんだ」


「えっ?」


「今回はちょっと特別なんだ。だからかなぁ?これにする様言われてね……」


「誰にすか?」


「それはね……ここにるものは、何かしらと持ち主の思いが、強いもの達だからさぁ……」


「思い……ですか?」


「うん……海堂君の海棠の襖絵みたくさ」


「あ……あれは凄く不思議でした。先生が書いた海堂の話しが、現実になった様な……?そんな不思議な感覚です。僕が先生に最初聞いた海堂の話しは真逆で、海堂は愛する艶子夫人を思いながらも、他の女性に子供を産ませ、その子に家を潰されて、悔恨の涙を流しながら死ぬ……。それが先生の作品では、艶子さんに思いを告げた海堂は、それは立派な跡取りを残して、艶子夫人とは幸せな一生を送りました……それが現実になって海堂家は立派に残って、跡取りの海堂渉氏は、両親の事を幸せな思い出として記している……僕が最初に先生から聞いた海堂の話しは、先生の話しの内容だったのか……それともそのの現実だったのか……」


「それは……僕が君に語るのでは無く、君が感じ取っていかなくては、いけないんだ……うん……残念だが、そうしてくれたまえ」


先生はあっさりと言った。


「感じ取る?……っすか?」


もっとも要の苦手とするところだ。

要は機微とやらを、読み取るのが苦手だ。

判然と顔や態度に出してもらうと、それはちゃんと理解する事はできるのだが……的を得ているかというと、そうでもない事も多いが……。

だが感じ取る作業は、要には高度な作業と言っていい。

国語の朗読とかでも、よく登場人物の感情とかいろいろと、読み取って話し合う授業とかがあったが、いつも要には高度な話題過ぎて、言われれば〝そうか〟言われれば〝そうか〟と、発見があるばかりだった。

だからいつも飛鳥からもダメ出しされる。


「要ちゃんはボーとしてる」


って……。

しかし、解らないものは仕方ない、一応努力はしてみるが、それでも駄目なら許してもらうしかない。許してもらう事が多すぎて、要は友達がいないのだが、それを余り気にしない性質たちだから幸せだ。


「ところで要君。羽鳥君に紛失した僕の作品の、内容を話したとか?」


「あーはい。先生!僕はある程度の内容しか記憶にないんっすが、いろんな人に話しておいてですね、同じ様な内容が世に出た時は、其奴を懲らしめてやるつもりです」


「???」


「先生の内容を盗作仕様なんざ、許せない所業です」


先生はちょっと呆れた様に要を見たが、直ぐに愛おしそうな表情に変わった。


「君の気持ちは凄く凄く嬉しいよぉ。だけど、僕の字を読めるのは君ぐらいな者だから、の心配はないんだがなぁ……」


「先生。前もそう言って慰めてくれましたけど、どんなに先生の字が、とは言っても、読めないとは限りません。第一僕が読めてる訳ですから」


要にしては真剣に言っている。大体要が真剣に訴えたりする時は、的が外れている事が多いのだが……。それに気づかないのが要だ。


「うーん……君が言うから……そう言う事にしておくけどね……」


「?????」


先生は要の一生懸命に絆されて言った。


「と、とにかく盗作……は無いから安心したまえ」


「そうはいきません。……が、先生の書かれる作品は内容もですが、その表現力と登場人物達の艶かしくも怪しげな、耽美な世界を滔々と綴られていく訳ですから、誰しもが真似できるものではありません」


要は羽鳥が慰めてくれた台詞を言う。

要がこんな台詞を滔々と語れる訳がない。


「うんうん。要君、ありがとねありがとね……」


なんだか先生は要を気遣って言ってくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る