第7話
「先生、俵崎君には直接先生のお宅に、行くように伝えました」
朝早く貳瑰洞先生は、羽鳥の明るい声を聞いた。
「ああ……ありがとうありがとう……その声からして、どうやら大丈夫のようだねぇ?」
先生はちょっと、揶揄う様に言った。
「はいお陰様で……。手は離しても大丈夫でした」
「うんうん、良かったよぉ……ちょっとねぇ、ほんのちょっと、それでも心配したよぉ?君達は余計だろう?」
「はぁ……実は不安で、一睡もできませんでした……」
「……まっ、それだけじゃ無いだろうがねー。愛し合う二人だもの、野暮を言うのはやめておくよ」
先生は意味ありげに言って、それでも嬉しそうに電話を切った。
今朝はとても気分が良い。
裏の森林からの風が心地良くて……自然と朝陽と共に目覚めた。
こういう風に心地良く起きれた日は、特別な事が起こる。
それも大概は嬉しい事だ。
貳瑰洞先生はそう考えながら、裏の森林の入り口が見える障子を開けた。
すると森林の奥に、微かな光の柱が天に向かって立っていた。
「なんと……今日は吉日だろう……」
先生は目を細めて天空を見上げた。
「先生おはようございます」
「あっ!米子さん。今日は素晴らしい日になりそうだね?」
「ああ……はい。私も珍しく、早くから目を覚ましました」
「あちらは、珍しくお越しなのかい?」
「それはどうでしょう?」
「しかし光の柱が立っているよ?」
「はい。でも微かですわ」
「……うん確かに……」
「あちらのお成りでしたら、もっと神々しく煌びやかで、厳かで華々しく……」
「うーん、そうだね……」
先生はちょっと意気消沈して言った。
その沈み方を察して米子は
「もう少しお時間を置いての、お成りかもしれませんわね?」
と付け足した。
「おっ!そうだね……まだ時間は早いもんね?」
先生はちょっと、気分を向上させて米子を見た。
米子は
……あちらに時間もへったくれも無いけど……
と内心思いながら
「そうですわ」
と微笑んで言った。
「先生、なんかちょっと不思議な構図ですね?」
羽鳥から連絡を受けた要は、百合の花から彼岸花に変わった襖絵を眺めながら言った。
百合の花も球根を取らないといけないらしく、要が元気が無くなるのを気に掛けてやらねばならず、先生の所の襖は意外と面倒くさい。
ただ、花の時期に合わせて球根を取るとか……なんだかファンタスティックだから、要は調子を合わせているが、大の大人二人が襖を変えるだけの、そんな事で騒いで楽しんでいるとは……。
第一凄く冷静……というか淡白……というか、ファンタスティックの〝ファ〟の字も気にしなさそうな、米子が先生と一緒になって楽しんでいるとは……意外と乙女チックなところがあって、人は見かけによらないものだ。
さて、今度の襖絵は真っ赤な彼岸花……又は曼珠沙華だ。
この花は要の祖母が好きだから、祖母の家の庭に咲いている。
その真紅の彼岸花と対して、白い彼岸花が咲いていて、その間に細い川が流れている。
この襖絵を入って来て一目見た時に、要は不思議な感覚に陥ったので言った。
「そう?要君は凄いねぇ。これは南北朝時代のものでね、かなりの高僧が描いたものとされているんだが、それが誰かは定かではないんだ」
「南北朝時代っすか?鎌倉時代と室町時代の間の?」
「そうそう……。南朝と北朝を例えているとされているんだが、どうなんだろう?」
先生は可愛く首を傾げて襖絵を見やる。
「………」
「えっ?要君、ちょっとなんか感じるのかい?凄く興味あるなぁ……」
「いえ……。この川が無かったら締まらないなーと……」
「ほう?」
「この川があるから、なんか対象的なのかなぁ……と?」
「ふーん?じゃ、この川は〝時代〟という事かな?」
「時代?」
「そうかそうか……時代が二つを対にしたんだねぇ」
先生は感心して頷いているが、要には解らない。
ただ川の部分を折れば、左右対称になるって事が解るだけだ。
「対象にならなかったから、内乱が起きたんだねぇ……高僧が願う様に均整を取れていれば良かったんだねぇ……」
先生はしみじみと言った。
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