第6話

「俵崎ですか?」


「うん。は無垢をお好みになるからねぇ……ちょっとかじったり下手に自信のある者をお嫌いになられる。要君みたいに無垢で全く野心の無い者は、殊の外お好みだ。もしかしたら、が功を奏して、あちらのお助けになっているのやもしれない」


「つまり、今まであちらがお力を貸してくださっても駄目だった事が、どうにかなるかもしれないと言う事ですか?」


「うん。それかもしかしたら、あちらのお力を増させる事が、可能なのかもしれない。僕だって要君と一緒いると、凄く凄く楽しいからね。だから創作意欲がバンバン湧いてきてさぁ……」


先生はそれは興奮気味に言って、哀れな二人を視界に入れて言葉を切った。

たかが手を握り合えるだけで、片時も手を離す事を恐れて手離せない。

何時再び触れ合う事ができなくなるか、それが不安で手を離す事ができないなど、なんと哀れな恋人達だろう……。

貳瑰洞先生は、羽鳥という男が好きだ。

もはや幾度転生したか解らなくなる程転生し、そして変わる事無くただ藻一人を愛し続けてきた。

瑞獣である尊き九尾の狐を愛して、神の前で誓ったという事は、違えば天罰が下る。

特に藻は神が吉兆の現れと、遣わされた瑞獣だ。

神のものを頂戴した場合、それを裏切る事は神を裏切る事となり、それは厳しい天罰が下るのは当然ゆえ、決して違えられぬし違える事を考えるだけで恐ろしい筈だから、だからこの永きに渡り違える事無く実直に愛している……という事だけでは無い事が解る程に、羽鳥の愛は純粋で一途だ。

ただただ許されて、つかの間の幸せを掴むそれだけの為に、永きに渡り転生を繰り返している。

今までの彼は決して長寿ではない。

どちらかというと短命で、そして次の機会を待つ為に生まれて来る。

そして彼はある程度の年齢になると、貳瑰洞先生の所に訪ねて来る。

それが自分が生まれて来た、使命でもある様に……。

貳瑰洞先生は、初めて羽鳥が訪ねて来た時の事を忘れられない。

彼は藻との愛を成就する方法を、探し出してくれると信じて訪ねて来た。

その目は希望に熱く輝いていた。そして一途な思いだけが印象に残っている。

長い年月を彼は、藻との愛の為に費やしている。

一切愚痴を零す事無く恨み言を言うことも無く、ひたすら神を信じて待ち続けている。

触れられなくても、愛おしくて仕方のない藻の姿を見れる事を、喜びと己に言い聞かせて……。

そんな意固地な程に、意志の堅い羽鳥が好きだ。

だから、願望の様に思うのかもしれないが、貳瑰洞先生は思うのだ、要の存在が……つまり、今貳瑰洞先生達がお仕えする神様の、お助けになるのだと……。



貳瑰洞先生は食事を済ませると、大好物のお酒を堪能する事もなく、悲しき恋人達の居る部屋を後に帰途に着いた。

もしも僅かならば、今宵一夜でも二人に絶望が訪れない事を祈った。



羽鳥はずっと触れたくて仕方のなかった、藻の白く細っそりとした頸に指を持って行った。

藻は潤んだ漆黒の瞳を羽鳥に向ける。

何時も見つめ合うだけのその仕草が、指で触れると艶を帯びて艶かしい。

藻も羽鳥の顔を、細い指を這わせて確認する。

幾度も幾度も繰り返す。


「もしも……もしもこれが夢と終わろうと、藻は本望です……再び貴方に触れられて、本望です……」


「もう暫くの辛抱だ……そう信じよう?貳瑰洞先生もああ仰ったじゃないか?きっと君の主人あるじが約束を果たしてくださる」


「はい……」


藻は羽鳥の大きな手を頬に感じながら、決してこの感触を忘れまいと、その指に指を絡めて頷いた。

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