第5話

要は先生の話しを、全部覚えていられる人間では無い。

だが、お手伝いしていたので、多少のところはこんな感じで覚えている。

とても切なく辛い話だと、思ったので覚えている。

そして今は、こんな内容の小説がでたら、絶対にだと気がつかねばと使命に燃えている。

つまり一生懸命検索しているのは、〝盗作〟されたら……という一念からだ。

とにかく要は、小説=盗作しか頭に浮かばない、無知なヤツなのだ。




「藻。もう泣き止んで、先生にお食事をお出しして……」


「あ……はい……」


藻は立ち上がりかけて、ふらりとよろけた。

羽鳥は恋しくて堪らない愛しいひとを、目の前で転ばす事に忍びなくて、咄嗟に藻を抱き止め様として、これが叶わない事を知っている。

知っているが、当然の事の様に躰が動く。

藻は転びそうになりながら、傍らで差し出す羽鳥の手を取った。


「!!!」


羽鳥は藻の手を取って、その手に力を入れて引き寄せた。

藻は羽鳥の大きな掌の感覚に、酔いしれる様に引き寄せられた。


「宗吾様?」


羽鳥は藻を抱こうとより引き寄せたが、それは叶わなかった。

スゥーと藻の躰は羽鳥の躰を擦り抜けたが、掴み合っている手と手はそのままの感触を残してくれている。


「君の手は触れられるんだね?」


羽鳥は目を潤ませて、藻を見つめて言った。


「はい……」


藻も潤んだ瞳を羽鳥に向ける。

二人は暫く手と手を合わせて指を絡めた。

もう一つの手も握り合って絡め合った。

藻は羽鳥の大きな掌を、その白い頬に微かに当てると、温かな感触が感じられた。

そして静かに流れる涙の筋が、羽鳥の指に伝わって羽鳥に感じられた。

二人はお互いの顔を、両手で触り合って確認する。

羽鳥が藻のいつも魅了してならない目を触る、美しく形良く通った鼻に触る、桃花の様に可憐で紅い唇に指を這わせて形を確認する。

藻は涙を溜めたその瞳を閉じて、大粒の涙を零した。

羽鳥は静かに藻の唇に唇を近づけたが、唇と唇は触れ合う事は無かった。


……触れられるのは、手だけか……


だがそれでも二人には有り難い奇跡だ。

数百年ぶりか……もっとか……互いが互いを確認する事を、許されたのだから。


「先生……」


羽鳥は藻と手を握り合って、楓の間の襖を開けて中に入った。


「!!!」


貳瑰洞先生は、手を繋ぎ合う二人を見て歓喜の表情を浮かべた。


「どういう事だい?触れ合える様になったのかい?」


「先生、手だけですが……手だけですが触れ合えます……顔も触れます……」


羽鳥は嬉しそうに先生に告げた。


「これは吉兆だよー。うん……」


「はい。少し……少しだけ希望が持てます……いつか必ず……」


「そうだ、いつか必ず……」


貳瑰洞先生も目頭が熱くなるのを覚え、そして鼻をすすった。



「何か変わった事でも、あったのかい?」


貳瑰洞先生は、食事の時でも手を離す事を恐れるように、握り合う二人に聞いた。

羽鳥は右手で箸を持ちながら、左を藻の右手から離す事なく傍らに置いて、貳瑰洞先生の言葉を聞いた。


「いえ……。ただ、俵崎に今回の話しの内容を聞きました」


「話しの内容?」


「ああ……紛失した……僕らのです……」


「ほう?」


「俵崎は概要だけ覚えていて、教えてくれました」


「要君が?」


「ええ……あとは……」


「うーん……要君かぁ……」


先生はそう唸ると


「要君がやっぱりなのかもしれないよ?」


と言った。


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