第3話
「羽鳥君、今日は残念だったねぇ」
「はい。何時も何時もありがとうございます」
「いやぁ、結局何の役にも立ってないからさぁ……僕の方こそ申し訳ないよぉ」
「とんでもないです」
羽鳥は重々しく首を振った。
「あの原稿は、どうなりましたかね?」
「どこかの狭間に、引っかかってるだろうね」
「やはり……お許しを頂いていないんじゃ、ないですかね?」
「それはないよぉ。もしお許しを頂いてなければ、君は何回も、生まれ変わる事はできないよぉ……それも、記憶を残してだ……」
「だったら……」
羽鳥は悲痛な声で言った。
「……せめて触れ合えればねぇ……愛し合う二人には、本当に酷な呪いだ……」
「それこそ、本当に呪いなんでしょうか?」
「それも解らないねぇ……ただ、
「そして僕は、藻と運命的な出逢いをしたんです」
「そう……いいかい羽鳥君?お許しになられなけば、君と藻さんは僕とは会っていないよ」
「……そう、ずっと先生に慰さめられて来ました。だけど、僕達は今だに……」
羽鳥が辛そうに俯いた時、襖が開いてそれは美しい、ここの女将が顔を出した。
「先生、そろそろお食事をお持ちしても?」
「うんいいいい……。今日は上等の酒を頼むよ。羽鳥君は気分が沈んでいるんだ」
「また駄目だったんですか?」
女将は羽鳥を見つめて言った。
黒曜石の様な瞳が、それは綺麗に潤んで見つめる。
すると羽鳥は苦渋の表情を浮かべて、女将を見つめる事もできずに首を横に振った。
「またチャンスはあるよぉ。僕は諦めずに書き続けるからさぁ……」
女将も着物の袖口で目元を拭いて襖を閉めた。
「羽鳥君……行ってあげなさい」
「何を言えばいいのか……」
「……じゃないだろう?」
羽鳥は貳瑰洞先生の顔を見つめて立ち上がると、部屋を出て行った。
さすがの貳瑰洞先生も、大きく溜め息を吐いて、軽く首を振った。
「藻……」
羽鳥が廊下に出ると、女将は廊下の隅で泣いていた。
「いつまで待てば許されるのでしょう?」
「許しは頂いている」
「嘘です」
女将はそう言って羽鳥を見つめた。
涙を溜めたその瞳は、いつも羽鳥を見つめると、今の様に潤んで輝いた。
その瞳が美しくて見入ると虜となった。
瓜実顔の狐の様に綺麗な顔立ちは、永きに渡って生きている妖狐と言うよりも、やはり神の遣わしめ瑞獣という方が、崇高で気高いこの人に似合っている。
だから羽鳥は、貳瑰洞先生の言葉を信じている。
決して人に仇する妖狐……九尾の狐ではなく、吉兆を告げる神の遣わしめ又を瑞獣の九尾の狐だと……。
「嘘じゃない。あちらは先生を通して、僕らを救おうとしてくださってる……もう長い事待ったんだ、僕の一生くらい大した事はない」
「また、あなたが死んだら……私は堪えられません」
「それを堪えよう……ならば、私の為に堪えてくれ」
女将はわぁと声を出して、座り込んで泣き出した。
羽鳥はすぐ様手を差し出して、抱きしめる素ぶりを作って躊躇した。
女将……藻は羽鳥が触れようとすると、その身が透けて触れられないのだ。
ただ、羽鳥だけが触れられない。
体を小刻みに震えさせ、白い頸を艶めかしく見せながら、藻は羽鳥の側で泣いている。
触れる事ができない羽鳥が、苦汁の涙を浮かべる。
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