羽鳥と瑞獣・九尾の狐

第1話

さて先生の担当になって数ヶ月……。

先生の作品は誰もが期待していた様に評判が良く、その先生の作品が載っている雑誌は、当然の様に売れ行きが良い。

すると何故か、お褒めの言葉を頂けるのが要なのだから、社会の荒波とは解らないものだ。

先生専属の担当なので、他の事はしなくていい、と言われている。

先生がこの間の様にお困りだったり、急に要の顔を見たくなったとお呼びがあるかもしれないから、意外とそれが多いから、要は他の仕事を覚えるどころじゃなくて、先生のお世話を覚える日々を送っている。

それで褒めてもらえるのだから、本当〝荒波〟とは解らないものだ。

……という事で、褒めて頂くばかりの今日この頃、少しに慣れて、褒めてもらってばかりだから、ちょっと調子に乗り始めた頃……。

とうとう、要はとんでもない事をてしまった。


「俵崎……俵崎……落ち着け、落ち着くんだ」


スマホの向こうで羽鳥の声が聞こえてくるが、そんなの耳に入らない。


「編集長……すみません、本当にすみません……あの、これから警察に……」


「俵崎、いいから……とにかくいいから落ち着いて聞くんだ」


「はい……」


要は羽鳥に大声を上げられて我に返った。


「警察に行ってもかまわないが、別に行かなくていい。君は先生の所で原稿を頂いて、タクシーに乗る前に喫茶店で珈琲を飲んだんだな?」


「ああ、はい……」


「誰かに呼ばれたか?」


「はい?」


「あー……いや、誰かと目が合ったり、会釈したか?」


「いえ、今日は誰とも……」


「なるほど……なら、どこかに落としたとしても、うちの封筒に入れてあったなら、親切な人なら届けてくれる」


「……と言ったって、先生の大事な新作が……と、盗作でもされたら……」


要は落ち着く場合ではない、体が勝手にソワソワと動いている。


「あー、それなら心配要らない。先生の字を読めるのは君くらいなものだ」


「はぁ?確かに先生は悪筆とやららしいんすが、だからと言って〝僕以外に読めない〟とは、言い切れないでしょう?」


逆ギレして言った。要は生きた心地もしない状態なのに、羽鳥はそれはそれは落ち着いている。


「あー悪い悪い。そうじゃなくて……まぁいいや。たぶん先生は別の物を書いてくださっている筈だから、一旦先生のお宅に戻って事情をお話しして、代わりの作品を頂いて来てくれ」


「えっ?」


「稀にこういう事はあるんだ。先生は抜かり無いから、うちが困る様な事はされない。万が一の事を考えてくださってるから、慌てなくても大丈夫だよ」


「でも……」


「とにかく大丈夫だから、先ずは原稿を頂いて来てくれ。無くなった方は先生と相談するから……」


要は羽鳥の言う事に従うしかない。

今朝先生から有り難い原稿を頂いた。

帰りに喉が凄く乾いて堪らなくなり、駅前の喫茶店でアイス珈琲を頼んで喉を潤した。

店を出た所にタクシー乗り場があったので、躊躇なくタクシーに乗り込んで、会社の前まで乗り着けて、金を払って会社に入ろうと、カバンの中を確認したら、封筒が無い事に気がついた。

……と言って、カバンを開けた覚えは一切無く、どうして無いのか解らない。

とにかくタクシーの会社に連絡して聞いてもらったが、そんな封筒の忘れ物は無いと言う。さっき寄った喫茶店にも確認に行ったが、やっぱり無いという。

そこでパニッくって、羽鳥編集長に連絡を入れた。

これは要のミスだ。

少し慣れてきたから、だからミスを犯してしまった。

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