第16話
「今月もご苦労様……。お陰で売れ行きは上々だし、先生のお話しは今回のが、先の二作より評判が良かった」
「ええ?ありきたりな、もはや見飽きた内容じゃ無かったんすね」
要がホッとする。
「はて?なんだい?それ」
「あーいえ……」
「いやぁ、今回君はいい仕事をしてくれたよ」
「そうですか?そう言って頂くと嬉しいです」
要は編集長に褒めてもらって、物凄く申し訳ない気持ちになった。
美味しいおやつを頂いて、米子が作るそれは美味い昼食をご馳走になり、お昼寝までしていて褒めて頂くなんてばちが当たりそうだ。
「今月号の先生のお話し、もの凄く良かったわぁ……」
飛鳥がリビングで要に言った。
「はっ?ありきたりな内容って言ってたがなぁ」
「何言ってんの?」
飛鳥は呆れる様な視線を送って来て、一瞥する様に言った。
「先生の作品にありきたり、なんてある訳ないじゃないの……」
そう言いながら雑誌を手にした。
要は言葉も無く飛鳥を見つめて、ソファーの前のテーブルに無造作に置かれた本に目をやった。
今迄の要なら決して気にする事などないが、さすがに出版社……否先生の元に通う様になって、少し意識が変わってきた感はある。
「海堂渉……」
「ああ……海堂渉って知ってる?戦中戦後に貿易で会社を大きくした人なんだけど、日本人らしくそれは誠実な仕事をした人なんだよ」
「へぇ……海堂?なんか聞いた事ある名前だなぁ?」
「ああ、意外と有名な人だからね……ほら、○○物産とか○○貿易とか?」
「へぇ?」
「お母さんが華族のお嬢様でさ、家の為にお金持ちと結婚したのよ。それが海堂渉のお父さんで、凄い愛妻家で有名な人。お金凄くお母さんの実家に使ったのに、その人小作人の三男だったから家柄が良くないじゃない?良家のお嬢様のお母さんに、ずっと頭が上がらなかったって書いてあったけど、それが子供心に幸せそうだったって……」
「うーん?なんか聞いた様な話しだなぁ?」
「そう?まっ、落ちぶれた貴族のお嬢様が、お金持ちと嫌々結婚させられる、って話しは多いからね。でも、ここは違うみたいよ。お父さんはお母さんが女学生の頃から、高嶺の花と憧れてたみたいだし、お母さんもお父さんを初めて見た時に、好きになちゃってたみたいだから……五人も子供産んだんだから、幸せだったんだろうね?」
「……真逆な話しは知っているが……なぁ……」
要は海堂渉の本を開いて、少し読んで息を呑んだ。
……父は海堂匠……母は艶子……
……我が家にはそれは見事な海棠の花の襖絵が、両親の寝室にあって……
……母が死ぬ時に、その四枚の海棠の花の襖を、以前父が世話になった旧家に引き渡して欲しいと言い遺したので……
その花はそれは美しくて、袋戸棚を這う様に枝が伸び、天井に見事な満開の花を咲かせる様に見えた。
そして母はその海棠の花の下で、再び父と逢うのだと笑って言って目を閉じた。
それは幸せな一生に幕を閉じた……。
「先生は、これを書きたかったのだ……」
要は確信を持って思った。
二人のその後の幸せな逢瀬を……。
《海棠の襖絵と水仙の襖絵…終》
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