第15話

先生の作品は月刊誌に掲載されて、それは好評を得ることができた。

内容は少し変わっていた。

落ちぶれた華族の令嬢である艶子は、若くして財を成した海堂に、金で買われる様に嫁入りするのだが、海堂はまだ実業家の所で働いていた時に、女学校に通っていた艶子に一目惚れしていた。艶子が同じ成り金である年老いた男の元に、金の為に後妻に入るという噂を聞きつけ、恩のある実業家に頼み込んで縁談を進めてもらった。

若さとか見栄えではなく、ただ多く金を出すというだけで、艶子は海堂の所に嫁入りしたのだ。婚礼のどさくさに紛れて、以前海堂が関係を持った女が、医者の後妻となって祝いに来ていて、艶子が一人になったのを見計らって、ある事無い事を告げた。

自尊心の塊である艶子は、躾けられているが為に平然と冷静を装って相手をしていたが、やはり乙女の心はとても傷ついてしまった。

気丈にも何事も無く夫を迎え入れようとしたが、格好が良く女性ならば、誰もが目を惹くであろう夫の顔を見た瞬間、艶子は嫉妬と怒りに我を忘れてしまった。

激しく海堂を責め罵って拒絶した。すると海堂は、艶子が思いもよらぬ程に激怒して部屋を出て行ってしまった。

艶子は己の愚かさに気がついたが、もはや後の祭りであった。

また、海堂とて艶子を以前より思っていなければ、これ程までに怒りはしなかったが、思いが叶った矢先の艶子の言動だったので、悲しみが先立って激怒させたのだった。

海堂は女性の所に行こうと家を出た物の、気持ちを変えて家に引き返した。

暫く居間で思いを巡らせていたが、意を決した様に立ち上がり艶子が眠る寝室に向かった。

ドアを開けて中に入ると、艶子は眠る事もできずに涙を流して泣いていた。


「なぜ泣いている?金で買われたのが、そんなに悲しいのか?」


わたくしの様な家柄の者は、仕方のない事と諦めております」


「ならばなぜ泣く?俺ではなくて、爺さんならよかったのか?」


「なぜその様な事?その様な事を言われます?貴方はただ華族という称号が、欲しいだけなのでございましょ?私なんてどうでもいいから、だから出てお行きになって親しい方の所に行くのでしょ?」


「親しい方……って……そんな者達とは縁を切った。確かに……確かに女は評判通り居たが、全て綺麗さっぱりと縁を切った」


「嘘……」


「嘘ではない」


海堂は静かにゆっくりと近寄る。

艶子が触れると、舌を噛み切ると脅したからだ。

ゆっくりと近寄った海堂は、艶子をベッドに押し倒して、そのまま艶子の唇に自分の唇を押し付けた。

吃驚する艶子に舌を噛まれぬ様に、それは優しくそして激しく接吻した。


「嘘ではない。俺はお前を妻にする」


抗おうとする艶子を抑えつけて、海堂は無理矢理艶子を妻にした。

その後二人は心を通い合わせる、夫婦となって幸せになりました。

めでたしめでたし……。

で終わらないのが、先生の作品だ。

先生のお話しはここから始まる。

幸せに長く連れ添った海堂夫妻は、その後海堂が病に倒れて死んで、二年も経たない内に艶子が後を追う様に死んだ。

海堂が二人の寝室に拵えた四枚の海棠の襖絵は、艶子の願いで、ある旧家に送られた。

美しく咲き誇る海棠の花は、本襖を大きく伸びて袋戸棚まで枝を広げ、そして天井に咲き誇るかの様に花を咲かせる。

微かな風に花弁を舞わせ、その木の下で海堂と艶子は、花の時期に逢瀬を重ねる。

その艶かしく怪しい耽美な日々を、先生はそれは美しく艶やかに書き表していく。

まるで二人の鼓動と吐息が聞こえる様な、そんな幸せな時を……。

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