第12話

「どうして……って、あそこの大先生に言われたんだもん」


「はぁ?」


「ほら、あそこの耳鼻科の……」


「うんうん。要ちゃんよく通ってた。私も付き合わされたよぉ、要ちゃんが泣くから」


「だって痛いだもん」


「解るけどさー……」


飛鳥の視線は冷たい。

幼児の頃とはいえ、数々の醜聞を残している、耳鼻科だから仕方がない。


「あそこの大先生にさぁ……難聴だからそら耳が聞こえるって……」


「えっ?何それ?そら耳って難聴だから聞こえるの?」


「……って、大先生が……」


飛鳥は、少し考え込む素ぶりを見せた。


「あんたの言っている大先生って……?」


「俺が幼稚園に入る前に居た、


「……だよね?今現役の、もう年取って来た先生じゃなく……?」


「その先生には、今日会って来た。あの先生じゃなく、白いお髭の……」


「あー?あー」


飛鳥は手を叩いて納得して見せた。


「そうそう……その……」


「大先生ね……?私達は写真しか見た事のない?」


「写真?」


「あそこって、診察室の奥の方の壁に、現役先生と一緒に写っている、大先生の写真があるんだよ」


「えっ?そうなの?」


「要ちゃんは、診察室に入って泣いてたからねーまあ、知らなくて当然か?私は待たされる方だったから、トイレに行く時よく見たんだ……へぇ?そうなんだ?大先生と話した事あるんだ?」


「うん。母さんが支払いしてる時にさ、奥からちょっと呼ばれて……」


「難聴だって?」


「そうそう……」


「へぇ?きっとお母さんも知らない事だわねぇ……」


「……っていうか、今日調べてもらったら、難聴じゃないって」


「まあ、そうだろうけど……で、そら耳は?」


「疲れてるらしい……」


「なる程、先生はそう言ったか……まぁ、そう言うわなぁ」


飛鳥は至極納得して頷いた。


「えっ?今日はそら耳が酷いと?」


「そうそう……」


「女性の話し声?……くくく、まさか内容なんて聞こえないよねぇ?」


「いやぁ、聞こえちゃったんだよねー」


「なんてなんて?」


興味本位の飛鳥が身を乗り出す。


「なんか……華族育ちの奥さんと、医者の後妻の会話」


「かぞく?」


「いやいや、落ちぶれた華族……」


「おお!華族様?貴族様の?」


飛鳥はテンションアゲアゲだが、要は首を傾げる一方。


「えー気になルゥ」


気持ち悪い程のぶりっ子風……。


「医者の後妻が結婚した落ちぶれ華族のご主人の、女性関係をある事無い事を……」


あれ?……要は話しをやめて考え込んだ。


「きゃー!落ちぶれ華族の娘が、成り金に金で無理矢理結婚……明治かな?大正かな?私の大好きなジャンルだわぁ……それから?」


「あー、いや……ちょっと聞いた事ある話しだと?」


「もう!要ちゃんもやっと、出版社に勤めてる感じでてきたじゃん?」


「へっ?」


「落ちぶれた令嬢が、新時代の波に乗った成り金と結婚して、金で買われた愛の無い結婚に自暴自棄になってさ、頑なに気位と自尊心が邪魔をして、夫婦仲が上手くいかないのよ」


「うんうん……」


「ところが、相手の成り金男が、意外と良い男でさ、彼女を愛してたりするわけよ」


「ほうほう……」


「……成り金になる程の男で良い男なら、女性にモテモテでさぁ……結局相手の気持ちを信じられずに、一人空回りしている内に旦那を余所の女性に取られちゃうわけよ」


「飛鳥……先生の小説の原案をどこで?」


「はぁ?何言ってんの?大体こういったストーリーは、もはや飽き飽きだわよ……数限りなくあるからね」


「へっ?そうなの?」

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