第8話

「さすが要君、そうだねぇ……水仙の季節は終わっているね」


「は?」


「僕はね、僕はそういった事が疎くてねぇ……何時も失敗しちゃうんだ。よく……よく気がついてくれたね」


先生は要の手を取って、喜んでくれる。


「うーん?しかし……」


直ぐに要の手を取ったまま、先生は渋面を作って見つめた。


「君は、森林の入り口が見える此処が、お気に入りなんだよねー?」


「えっ?どうしてそれを?」


「その位は見ていれば解るよぉ……うーん……どうしようかなぁ?」


どうやら要はとても余計な事を、言ってしまったようだ。

執筆に夢中だった先生は、又々手を止めて考え込んでしまった。

これにはさすがの要も反省しきりだ、笹餅を一息で口に頬張って、しまった感が半端ない。

先生が森林の入り口を見つめて考え込んでいると、米子さんが昼食の用意ができたと呼びに来た。


「あら?まだ先生はお悩みなの?」


「いえ。艶子さんの件は、一応落ち着いたんすけど、僕が余計な事を言ってしまって……」


さすがの要も、申し訳無さげに頭を抱えて言った。


「まぁ?何を言ってしまったんです?」


「はぁ……水仙の花が元気が無いと……」


「まあ?それは大変だわ」


「!!!」


要がビビるくらい、大きな声で米子は言った。


「あなた!それはお手柄ですわ」


「はい?」


「ああ……言われてみれば……私は全く気がつかなかった……。あなたが来てから先生がお喜びだから、水仙の花もかなり頑張っていたのねぇ……」


米子さんはそう言うと、障子を開け放している窓を見つめる、先生の傍に立った。


「先生、まずはお昼を召し上がってください。あとは私が……」


「うんそうなんだが、此処は要君がお気に入りだからね……さて、どうしたものかねぇ?」


「……ではあとで私がと、相談してまいりますわ」


「えっ?そうかい?上手くやってくれるかなぁ?」


「それは先生のお気に入りのですから、悪い様には致しません」


「そうかい?うんうん、米子さん悪いねぇ……お願いするよ?」


先生はそう言うと、それは嬉しそうに要を見た。


「要君、待望のお昼だよー。米子さんの支那そばは、それはそれは美味いのだ。君と一緒に食べれるなんて、凄く凄く嬉しいよぉ〜」


先生は待ちきれない様子で、要の手を取って促した。


「へっ!」


要が強張る様に、手を取られて部屋を出て行く姿を、米子は鼻で笑って見送った。

その姿を要はスローモーションで、繰り返し繰り返し思い出して不安を駆り立てられる。


「米子さんマジで、意味有りな態度はヤメにしてください」


以前夕餉を取った部屋に、先生に手に取られてやって来て、座椅子に腰掛けさせられた要は、満面意味有りな表情をわざと浮かべる米子に言った。


「ふふん……」


「そうやって鼻で笑うの、やめてくださいよぉ〜」


要は支那そばとやらを、卓上に置く米子に言った。


「要君、支那そばだよー支那そば……米子さんの……」


先生はそう言うと、チリレンゲでスープを取ると、要の口元に差し出した。


「は……?」


要が箸を手に取りながら、先生を見つめる。


「ほれほれ……」


先生はニコニコしながら、レンゲを要の口元に……。

要は強張る頬を引きつらせて笑むと、口を開けて先生が差し出してくれたスープを啜った。


「あちち……」


物凄く物凄く熱い。思わず火傷してしまったが、そんな事は構った事の無い先生が、ご満悦の笑みを浮かべる。


「美味いだろ?」


少し首を傾げて言う。


「う、美味いっす!」


熱すぎて美味いどころではないが、そこはお人好しだから我慢して賛辞する。

賛辞して直ぐに水を口に含んだ。


「そうなのだ、米子さんのは絶品なのだ」


大喜びで言うと、先生は物凄い音を立てて麺を啜った。

要も先生に促される様に、に箸をつけた。


「うま!」


歓喜の声が思わず出た。


「支那そば最高っす」


要が言うと、先生はご満悦の笑顔を見せた。



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