第7話

「ところで要君……」


「はい」


先生は3個目の笹餅に、喰らい付こうとしている要に言った。


「君は何故艶子さんが、海堂君を愛していたと言ったのかい?艶子さんが教えてくれたのかい?」


「いえ先生。僕は艶子さんとは会ってもいないし、たぶん会うことはできないという考えに及びました」


「えっ?そうなの?」


先生はそれは残念そうに言った。


「はい。凄く美味い笹餅を頂いて、そう考えが及びました」


「それは残念だなぁ」


「そんなにがっかりさせて、本当に心苦しいんですが……」


要は深々と頭を下げた。


「まっ!君がそう言うなら仕方ない……うん……仕方ない……」


申し訳ない程の落ち込み様だ。


「ただ、ですねー先生。艶子さんは海棠の花の襖絵を、それは大事にここに移しているんですよね?先代、先先代のご当主の方にお願いして、海堂さんの子供ではなかった子供と愛人さんから、大揉めに揉めてまでも譲り受けたんですよね?」


「うん、そうだが、どうしてそれを?」


「米子さんから……」


「ああ……米子さんか……」


先生は何を期待しているのか、それはそれは残念そうに言った。


「つまりですね……そうしてまでも大事にしていた、カイドウの名の襖絵です。海堂を愛していたに決まっています」


「おお!要君、決まっているかね?艶子さんは海堂君を、愛していたに決まっているか?」


「はい。間違いないです」


「そうか……そうか」


先生はそれは嬉しそうに言った。


「……要君……」


「はい」


先生は大喜びしたにも関わらず、再び眉間に皺を寄せた。


「……では、それをどうやって、海堂君に教えればよいだろう?」


要はやっと先生の悩みを解決して、自分の役目は果たせたと思っていた矢先の先生の、余りにもの愚問に顔面を引きつらせた。

いくら作品の中にのめり込んでいる……とはいえ、大作家先生の質問とは思えない。というか、もはや、作家先生云々の問題では無い様な気がする。

全く深く考える事が皆無な要に、こんな感情を持たせるとは、先生もさすがただ者では無い。ただ者で無い事は解りきっているが、そうは言っていられない〝域〟に達している様に要は思った。


「先生……なくていいんです」


「へっ?」


「教えなくていいんです。先生はそう書けばいいんだと思います」


「おお!要君、そうだった。そうだ……そうだ。僕は書けばいいんだ……余りに嬉しくて、ついつい海堂君に、教えてあげたくなってしまった……」


先生は少し赤面して言った。

実に可愛い……というか、子供じみているところがある……。そこが先生の魅力かもしれない……などと思って、要は慌てて打ち消した。


……ヤバいヤバい、あらぬ方向に行きかけている様で、クワバラクワバラ……


先生は何やらブツブツと言いながら、文机に向かってペンを走らせている。


「海堂君、海堂君……君は愛されているんだ……愛されているんだよぉ……」


なんだか呪文の様に聞こえて怖い気がする。

夢中で執筆中の先生の後ろ姿を見ていると、要は少しの違和感を覚え始めた。


………???………


この違和感は何だろう?

笹餅に手を伸ばしてジッと考える。


「あっ!」


要は先生が執筆中だというのに声を出してしまって、しまったと思ったが後の祭りというヤツだ。


「どうかしたかい?」


「あーいえ、大した事ではないので……」


「うーん?要君が見つけた何かだったら、凄くスっごく気になるんだがな?」


「も、申し訳ありません」


要は恐縮しきりで頭に手をやる。

しかし先生はジッと要を、食い入る様に見つめるので


「実は水仙の花が少し、元気がないような……うっ、気にしないでください。ただそう思っただけですから……はは……僕は耳だけでなく目も悪いようです……」


笹餅を食べるどころではなく、しな垂れて言う。


「おお!」


先生は歓喜の声を上げて、要を見つめた。



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