第6話

「それを誘われる……って言うんじゃありません?」


米子さんが平然と言った。


「はい?」


「そうそう……要君は凄いんだねー」


先生はそう言って賛辞を忘れない。


「……………」


要は少しの時間、考える必要があった。

その間、米子さんは黒檀の卓上に、それは美味そうな菓子とお茶を置いたので、先生はホクホクとしながらその前に座って菓子に手をつけた。


「米子さん、今日のおやつは満月堂の笹餅ですね」


「先生、よくぞお解りで……満月堂の笹餅は天下逸品ですからね……。お昼は中華に致しましょう?久しく召し上がっていませんでしょ?」


「うんうん。僕は米子さんの、支那そばが大好物だな」


「青椒肉絲と海老チリ、などもいかがです?」


「おお!要君は若いから、是非ともそうしてくれたまえ……今日のお昼は楽しみだねぇ」


先生は先程までの悩み抜いた様子を、忘れたかの様に嬉しいそうに言った。


「要君……実に美味い笹餅だよ」


先生は今めいっぱい、思考を巡らせている要に言った。


「甘い物を食べてから考えると、良くまとまるよ」


「は……そう言うものですか?」


「糖分は良いのだ」


「…………」


要は眉間に皺を残したまま、笹餅の笹を取って餅を口に入れた。


「う、うま……」


こんな美味い笹餅を食った事がない。

というか、笹餅自体食った事がない。


「米子さん、これは和菓子というヤツっすか?」


「……たぶん、分類的にはそうかもしれません」


「なになに?要君口に合わないのかい?ここのは美味いと評判なんだよぉ、僕は大好きなんだがなぁ……」


「いえ、先生。美味すぎです。こんな美味い菓子は初めてっす」


「それは良かったよぉ」


先生は大喜びでもう一つ手に取って、笹を剥き始めた。


「実はあんまり、和菓子とやらは食べないんです」


「ええ?どうしてです?」


米子が吃驚して聞いた。


「はぁ……。まず親が余り食べません」


「あーなる程」


「次に美味いと評判の店で買ってみても、そう美味いとは思いません……」


「ほう?それは困ったね?」


「近頃は、情報が散乱していて、本当に自分の口に合うとか、美味いとか解らなくなっちゃうんです」


「それは困るね」


「困ります……」


「しかし要君。これは美味いだろう?それとも僕が言ったから美味いと、思っちゃうのかなぁ?」


「いえ!これはマジ美味いっす。ほんとのところ、進められたけど余り気乗りしないで食ったんだけど、これはマジ美味いっす」


「それは良かったよぉ。ほら、本当に美味しい物は解るんだよ。そしてね、そういった物は、たまに食べるから良さが引き立つのさぁ……君達は何でも手に入ってしまうからねぇ……それは昔の人間には夢の様な状態だが、真のところいつでも手に入ってしまったら、有り難みも美味さも半減なのさ。その為に天は作物を腐さらせるのさ。全ての物に行き渡る様に……自然界では、それらは貴重でそして全てを無駄にはしない。作物は何時も手には入らない、春には春の物秋には秋の物……そういった物を有り難く頂いていると、本当の美味さが解って、そして又その時期が来たら食べたくなるのさぁ」


「そうかもしれませんね……」


「うんうん……満月堂の笹餅は、今が一番美味いのだ」


「六月ですか?」


「七月くらいまでかな?」


米子さんが笑顔を作って言った。


「だからお昼は、青椒肉絲と海老チリですよ」


「青椒肉絲ですか?」


「雨後の筍とか申しますけど、今が一番美味しく頂けますからね」


「そうなんっすか?」


「ええ」


米子は頷くと、忙し気に出て行った。


「米子さんの支那そばは、それはそれは美味いんだよぉ」


「支那そばっすか?」


「うんうん……」


先生は口元を拭って頷いた。




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