第13話

「一昨日要君を、お泊めになったとか?」


羽鳥が久々に、顔を見せて言った。


「うん。裏の森林から使いが来てさ。邪魔をしたいものが、動いているって言うからさぁ、念の為に泊めたんだよねぇ」


「えっ?それで?」


「後はが、良いようにしてくれたと思うよ。うんうん……」


「それは何よりですが……」


「要君はそれはが良いからさぁ。もかなりお気に召しておいでだから、これからも悪い様にはされないさ」


「それ程ですか?」


「うーん。彼はのものだよ、僕は大満足してる。これも君のお陰だからね、君には悪い様にはしないよ」


「よろしくお願いします」


羽鳥は頭を下げて、笑みを浮かべて言った。



「あ?編集長、来てたんっすか?」


要は水仙の花の部屋に向かう途中で、羽鳥と鉢合わせして言った。


「うん。一昨日は泊まり迄してもらって、悪かったね」


「あーいやいや……」


要はそう言うと、ちょっとキョドッた様子で羽鳥の側に寄ったから、羽鳥が身構える様に要を凝視した。


「羽鳥さん。まじに……。これだけはまじに……」


「は?」


「まじに答えてください」


悲痛な表情で言うから、余計に羽鳥は身構える。


「せ、先生って……ホモ……いやいや……ゲイ……いやいや……じゃあ無いっすよね?」


「は?」


「だ、だから……同性が好きって言うか……嗜好って言うか……俺、別にそんなの気にしないんすけど……そーゆー事なら、やっぱ心の準備つーか……」


「ははは」


羽鳥は要を見て、それは面白そうに笑った。


「あー確かに、確かに先生はいろいろ怪しいが、そういう傾向は無い人だ」


「えっ?まじっすか?」


要は笑顔を浮かべて、羽鳥を仰ぎ見る様にした。


「まじまじ。先生に限ってそれは無い」


「はあ……。いやぁ……。なんか羽鳥さんも先生も〝特別特別〟って言うんで、いろいろ考えたんすよぉ。米子さんなんか、凄え意味ありげに言うから……まじかー」


「いや、確かに君は特別なんだけどね。その意味を君はそう取ったのか?」


「はあ……って、他になんか?……って言ったところで、なんの取り柄も無いからなぁ……と言っても、ここに自信があるって事じゃないっすよ。ただ、人の好みはそれぞれだから」


要は顔を叩いて言う。


「蓼食う虫も好き好き……って事かい?」


「あーそれ……それっす」


「はは、大丈夫。君は確かに可愛いが、の意味じゃない。先生が意味ありげに言うだろうが、は安心していいから」


「ああ……はい」


「君って本当にの異様な雰囲気、気がつかないの?」


羽鳥は至極真顔で聞いた。


「何の事です?」


「あーいや……」


「異様……っていえば、一昨日風呂に入っていた時、なんか視線を感じて、初めて怖かったな……あっ?別にそれだけっす。ちょっと痛い人みたくなるから忘れてください」


「いや……別に痛い人間じゃない」


「いや、こんな感じの話し、どう言ったって痛いっすよ」


「君ってそういうの感じるの?」


「全然無いっす」


気持ちのいい程、判然と言い切る。


「本当にかい?」


「感じた事も見た事も無いっす」


「だからと言って〝無い〟とは言えないけどな」


羽鳥は大真面目に要に言った。

だが、要はそういう事すら気にしないタイプの人間だ。

羽鳥の言葉を深く考える事も無く日を過ごして、そして正式に入社式を経て待望の正社員となり、大作家貮瑰洞怪先生の只一人の専属の担当者となった。

そう、貮瑰洞先生は要がお手伝いしなくては、それはそれは素晴らしい作品を世に出す事ができないのだ。

妖や神や霊や精霊達が、すぐ側で蠢く様なそんな魅了してやまない作品を、今生に出す事はできないのだ。

そんな事を知る由も無く知ろうともせずに、要は先生のお手伝いに多忙な日々を送る。

ただ先生の望みのままに……。



《貳瑰洞怪先生のお気に入り…終》

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