第12話
先生のお宅のお風呂は、それは広くてそして檜の浴槽も広い。
そして温泉でもあるかのように、ある処からチョロチョロと湯が出て来ている。
……温泉か……
要はそのチョロチョロを、手で受け止めて臭いを嗅いだ。
……うーん……
要に解る筈がない。
温泉なんて全くと言っていい程、興味の無い人間だ。
両親が好きだからよく家族で行くが、実のところその良し悪しとかも解らない。
姉の飛鳥などはあの性格だから
「うちのお風呂とは、全然違うじゃん!」
と、いろいろ御託を並べてくれるが、そう言われると余計に解らなくなる。
水は水でお湯はお湯だ。
甘いとか辛いとか、まろやかだとかさっぱりしているとか、そんなの解る筈が無い。
ただ解るのは先生のお宅の物は、何でも凄く極上の様な気がするだけだ。
「???」
要は窓の外に、何やら視線を感じて目を向けた。
そのガラスもギヤマンぽくて、赤や青の色が付いていて、なんか時代劇に出てきたり、大正デモクラシーって感じだ。
……???大正デモクラシーってなんだ?……
と、とにかく誰かに見られている感じは否めないから、古風な雰囲気たっぷりの風呂場を堪能するどころじゃない。
慌てて浴槽を出て、不釣り合いなシャワーで、香りが良すぎるシャンプーで洗った髪を洗い流し、これまた香しいソープで身を洗うと、温まるのもそこそこに浴室を後にした。
「まじヤベェぞ……」
「あら?髪……」
米子さんが目敏く見て言った。
「あー」
濡れた髪から水が垂れてる。
慌てて、用意してくれていたバスタオルで拭きやる。
「脱衣所に、ドライヤーあったでしょう?」
「あ?あったかも?」
要はそそくさと、再び脱衣所に……。
ドライヤーをかけている間、要の神経と視線は彼方此方と行き忙しい。
……まじ怖え……
要がこんなに訳の解らない物に、怯えるのは初めてだ。
だって、生まれてこの方、そっち方面を感じた事など皆無だから。
よく感じるとか気がするとか聞くが、何故か要がそんな〝もの〟を感じた事など無い。
凄く力を入れて言うが無い。
……のに、今夜は何故だろう、凄く凄く感じて怖い。
……まじかーまじかー……
要は呟きながら、何時もの水仙部屋に向かう。
「あー違う違う、こっちこっち」
再び米子が言って手招きした。
「お布団敷いてありますから」
「ああ……」
米子は要を部屋に案内しようと、さっきから様子を見ていたのだろう……と、要は納得して米子の後に従った。
「ここです」
「あーはい」
案内された部屋は、水仙部屋とは反対側に位置する、要がまだ立ち入った事の無い廊下方向に在る部屋だ。
ガラっと米子が障子を開けると、要は今迄凄く凄く怯えていた事など忘れて、また違う意味の恐怖を味わった。
「ゲゲゲ……」
要は白く意識損失して佇む、漫画のキャラクターを頭に浮かべて、佇んだ。
「先生とご一緒するんすか?」
「はい。そう仰せつかりましたから」
「なんで?」
「なんで……って、そんな事私に解る筈ないじゃぁ、無いですか」
米子は不敵な笑みを作って、要を中に押し入れた。
……まじかーまじかー?……
要はオドオドと中に入ると、酔い潰れて奥の布団で、寝息を立てて眠っている先生を見つめた。
そして音を立てずにそっと静かに、障子側に敷いてある布団に横たわった。
……電気……
要は照明を落とすのを、忘れた事に気付いたが
……いやいや、電気は付けっ放しだろ?そうだそうだ……
目をパッチリと開けて、先生が行儀よく眠る姿を凝視しながら、外が白ける迄寝付けなかった。
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