第11話

そんなこんなの不安を胸に抱きながらも、半月と時が流れた。

要からしてみたら、かなりの半月と言っていいものだったが、特に何も変わる事も無く、落ち込む事も無く、まして大きくミスる事も無く、それどころか先生の所に居ると、先生が凄く凄く煽ててくれるから、なんだか自分が変わった様に思う……。先生の言う通り、物凄く特別な存在に思えてくる……程、貳瑰洞先生は要を持ち上げ上手と言うべきか……。

そんな日々を過ごしていた要は、とうとう来るべきが来た、というか、おだてられてすっかり忘れていた事が起きたというか……。

先生が達筆?悪筆?で書いた文字を、清書するお手伝いを済ませて、家に帰ろうとすると


「要君、君今日は泊まって行きなさい」


と先生に言われた。


「は?はい?」


「だから、今夜は此処に泊まって行きなさい」


「え?ええ?ど、どうしてっすか?」


「うーん。今夜はちょっと用があるからさ〜」


先生は実に言いにくそうに、要を見て言った。


「よ、用って?何でしょうか?」


「あ……。それはさ、おいおいと……そうだ、米子さんに言って、夕餉を用意させてあるんだわぁ。それを食べましょう」


「え、えー?マジっすかぁ?」


要はハタと思いを巡らせた。


「先生、先ずはご用の方を……」


「いやいや、食事の後に……。そうだ君。此処の風呂はそれは広いのだ。食事の後に一緒に入ろう」


先生は実に良い事を思いついたと、 言わんばかりに言った。


「お、お風呂っすか?」


「うん。誰かと一緒に入るのなんて、何年ぶりだろう?君大丈夫だよねー?うん。たぶん大丈夫だろう……」


先生は訳のわからない事を言って、ウキウキしながら部屋を出て行った。


「要君」


先生は再び部屋を覗き込んで、要を手招きした。



床の間のある広い部屋で、要は先生と対座して夕餉を頂いている。

米子さんの料理は、料理屋さんの料理の様に綺麗で美味い。

何時も居る水仙の襖の部屋にある黒檀と同じだが、ちょっと長めの卓が置かれてあって、卓上にそれは豪華に食えない程の料理が並んでいる。


「要君。君酒は嗜むかね?」


「た、嗜む……?ああ、はい」


要はお猪口に日本酒を注がれた。


「あ……先生……」


要は先生のお猪口にも注ぎ入れた。

先生がグイっと飲むのを見て、要も口を付けた。


「ケホ……」


要は少し横を向いて咳払いをした。

熱燗は余り得意じゃない。

口の中に入ると喉を通る時に、少しむせる感じがするからだ。

二十歳を過ぎたら、友達とか家でもアルコールは飲んでいるが、大体ビールが多いし、日本酒を熱燗にして飲むなんて、家では絶対手間をかけてくれるはずもない。


「君、日本酒は駄目かい?」


「あーいえ。熱燗はなかなか飲まないので……」


「え?何でだい?」


先生はお猪口に注いでくれながら聞いた。

要は慌てて先生のお猪口にも注ぎ入れる。


「家じゃ、めんどくさがわれますから……」


「ほう?うん。そうかも知れないね?お母さんは大変だもんねー」


「はあ。やっぱり手っ取り早いビールが殆どで……」


「うんうん、成る程……」


先生はそう言うと、手酌しで注ぎ入れた。

要が慌てると、要の手を持って制止した。


「自分のペースで入れるから大丈夫」


先生はそう言うと、熱燗を持って来た米子に


「要君は若いから、ビールを……」


と指図した。

米子は頷くと、要を見て鼻で笑った。


……なんか、米子さんが笑うと、凄く不安になる……


要は何となく不安を抱きながら、とても母親はこうは揚げれまいと思う程に、カリカリに揚がっている天ぷらに箸を付けて思った。


先生はそれはご機嫌で、グイグイと酒が進んでいる。


「先生はお酒がお好きなんですね?」


要が賞賛する様に言う。


「うん。羽鳥君も強いからね〜」


目の周りを赤くして言った。

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